GREETING

院長挨拶
Greeting from the director

(仮)ご挨拶の主要メッセージ

(仮:ご挨拶文)世界は今、転換期にあります。地球環境の劣化、地域間格差、国際紛争の複雑化など、地球規模の課題は深刻さを増し、これまで現代社会を支えてきた民主主義や資本主義などの基本的な仕組みが揺らいでいます。また、急速に進化するデジタル革命は、世界の産業・社会の構造を知識集約型へと大きく変貌させています。このように急激に進行するパラダイムシフトの中で人類社会をよりよい方向に導くために、大学は何をすべきなのでしょうか。Read more

PURPOSE

趣旨
Purpose of East Asian Academy for New Liberal Arts

(仮)アジアの共通の未来を担う人材の育成

東アジア藝文書院は、東京大学と北京大学が共同で運営するジョイント研究・教育プログラムで、アジアの共通の未来を担う人材の育成を目指すものです。そのための学問的な基礎として、わたしたちは新たに「リベラル・アーツとしての東アジア学」を構築していきます。わたしたちが考える新しい東アジア学とは、単なる東アジアの地域研究ではありません。より相互的で関与的な研究として、日本と中国の双方が自らを批判的に相対化する視点を持ちながら、地域概念としての東アジアを超えて、アジア、オセアニア、そしてヨーロッパ、アメリカ、さらにはアフリカとの交通を重視した研究であるべきだと考えています。それは「地域研究2.0」とも言えるもので、世界における東アジアとともに、東アジアにおける世界を問う新しいリベラルアーツとしての学問です。Read more

NEWS

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東京カレッジ・シンポジウム 「SDGsと日本――チャンスと課題?」 5:00 PM
東京カレッジ・シンポジウム 「SDGsと日本――チャンスと課題?」
11月 12 @ 5:00 PM – 6:30 PM
[:ja]東京カレッジ・シンポジウム 「SDGsと日本――チャンスと課題?」[:]
東京カレッジ・シンポジウム 「SDGsと日本――チャンスと課題?」 【日時】 2019.11.12(火)16:30 開場 17:00 講演 18:30 閉会 【場所】 東京大学・弥生講堂 一条ホール(弥生キャンパス) 詳細はこちら
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中国社会文化学会2019年第2回例会 歴史学のなかの「南京事件」 5:00 PM
中国社会文化学会2019年第2回例会 歴史学のなかの「南京事件」
11月 15 @ 5:00 PM – 6:30 PM
[:ja]中国社会文化学会2019年第2回例会 歴史学のなかの「南京事件」[:]
中国社会文化学会2019年第2回例会(EAA共催) 歴史学のなかの「南京事件」 【講演者】 孫江(南京大学) 【日時】 2019年11月15日(金)17:00~18:30 【場所】 東京大学駒場キャンパス101号館1階11号室 【言語】 日本語 【概要】 歴史学は過去の「不在」を前提とする学問であり、歴史研究者はつねに限られた証拠に基づいて合理的推理によって過去の「実在性」を証明するという難問に直面している。1937年12月13日に中国国民政府の首都南京が陥落した後、日本軍による虐殺事件、いわゆる「南京事件」が起きた。この「南京事件」をめぐる論争が今日まで続いているのは、政治的・倫理的な要因の他、歴史学という学問が抱える根本的な難問と関わっている。往々にして集合的単数(Kollecktiv-Singular)に着目したこれまでの研究と異なって、ある農婦に対する日本兵の暴行事件を扱う本講演は、被害者(農婦)と加害者(歩兵第三十三聯隊中尉天野郷三)、日本軍の最高司令官松井石根、アメリカの領事官アリソン、および南京自治委員会会長陶保晋などの関係者が残した「痕跡」や「証言」に基づいて、事件の真相を究明し、アライダ・アスマン(Aleida Assmann)やポール・リクール (Paul Ricoeur)が提起した記憶・忘却に関する理論との対話を試みる。
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EVENT

11月
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中国社会文化学会2019年第2回例会 歴史学のなかの「南京事件」
11月 15 @ 5:00 PM – 6:30 PM

中国社会文化学会2019年第2回例会(EAA共催)

歴史学のなかの「南京事件」

【講演者】

孫江(南京大学)

【日時】

2019年11月15日(金)17:00~18:30

【場所】

東京大学駒場キャンパス101号館1階11号室

【言語】

日本語

【概要】

歴史学は過去の「不在」を前提とする学問であり、歴史研究者はつねに限られた証拠に基づいて合理的推理によって過去の「実在性」を証明するという難問に直面している。1937年12月13日に中国国民政府の首都南京が陥落した後、日本軍による虐殺事件、いわゆる「南京事件」が起きた。この「南京事件」をめぐる論争が今日まで続いているのは、政治的・倫理的な要因の他、歴史学という学問が抱える根本的な難問と関わっている。往々にして集合的単数(Kollecktiv-Singular)に着目したこれまでの研究と異なって、ある農婦に対する日本兵の暴行事件を扱う本講演は、被害者(農婦)と加害者(歩兵第三十三聯隊中尉天野郷三)、日本軍の最高司令官松井石根、アメリカの領事官アリソン、および南京自治委員会会長陶保晋などの関係者が残した「痕跡」や「証言」に基づいて、事件の真相を究明し、アライダ・アスマン(Aleida Assmann)やポール・リクール (Paul Ricoeur)が提起した記憶・忘却に関する理論との対話を試みる。

12月
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EAAフォーラム「舞踏の越境──メテオール《土方巽とその分身》をめぐって」
12月 1 @ 2:00 PM – 5:00 PM

【場所】東京大学駒場キャンパス18号館ホール

【言語】英語、仏語、日本語(通訳なし)

 

ブルガリアのアーティスト・コレクティヴである「メテオール」の舞台作品《土方巽とその分身》(Hijikata and his Double, 2019)の紹介を通じて、日本発の舞踊形式である舞踏(Butoh)の世界的な伝播、およびその背後にある1968年前後の文化状況を問いなおす機会としたい。

当イベントでは、2019年9月20日にブルガリアで初演された《土方巽とその分身》の映像による紹介、ドラマトゥルクであるボヤン・マンチェフ(新ブルガリア大学)のレクチャー・パフォーマンス、アニ・ヴァセヴァ(演出)、レオニード・ヨフチェフ(出演)、さらに彼らと交流のある小林康夫(青山学院大学)、國分功一郎(東京工業大学)、星野太(金沢美術工芸大学)らによるラウンドテーブルを通じて、東アジアと東ヨーロッパをむすぶ思想・芸術・文化の交錯について多角的な考察を行なう。

12月
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【共催イベント】第63回GJSセミナー「和辻哲郎の儒教的絆」
12月 13 @ 5:00 PM – 6:00 PM

東京大学国際総合日本学ネットワーク(GJS)主催、東京大学東洋文化研究所(ISAS)・東アジア藝文書院(EAA)共催で次のイベントを開催します。

第63回GJSセミナー「和辻哲郎の儒教的絆」

日時: 2019年12月13日(金)17:00~18:00
会場: 東京大学東洋文化研究所
ロビー(1階)
発表者: カイル・シャトルワース(日本女子大学講師)
使用言語: 英語

発表概要: Within contemporary scholarship, Watsuji Tetsurō has been criticised on the grounds that his thought is conservative and outdated, and that the political application of his ethics leads to totalitarianism. These criticisms arise from Watsuji’s incorporation of the five Confucian bonds (五常). In particular, these problems are a consequence of the espousal of the relations between sovereign and subject, and husband and wife within Watsuji’s ethical organisations (人倫的組織). As these hierarchical relationships point towards the subjugation of citizens by the sovereign, and the inferiority of the wife to her husband, they are opposed to the values of liberal democracy, and as such, these facets present a cultural-political barrier to the wholesale endorsement of Watsuji’s ethics by many theorists in the West. However, in this presentation it is my aim to suggest that these criticisms can be overcome without significantly altering Watsuji’s theory. In order to achieve this end, I will draw upon the New Confucian argument that Confucianism and democracy are not radically opposed, but compatible. By reframing the Confucian elements in Watsuji’s thought within a New Confucian framework, it is thereby my intention to deconstruct the cultural-political barrier which leads many western scholars to denounce Watsuji’s work, and to uphold his ethical theory as an important and applicable philosophy of our times.

MEDIA

一高時代の駒場キャンパスの風景