2019 Sセメスター 第9回学術フロンティア講義

2019年6月14日、学術フロンティア講義第9回が行われた。担当は阿古智子氏(東京大学総合文化研究科、社会学・中国研究)で、テーマは「歴史と現在をつなぐ“深い学び”とは?日本と中国の現場からの考察」であった。前回の講義がイノベーションにおける「現場」の重要性を多くの学生に印象付けたのに対し、「現場」は現代および歴史に対する学びにとっても欠かせないものだということを、阿古氏は自身の研究と活動経験を通じて述べていった。

まず、阿古氏は今年が天安門事件30周年であることを切り口に、当時学生運動に直接参与していなかったものの、投獄された詩人の体験を紹介した。また、現在進行中である香港の逃亡犯条例改正デモに触れた。「監獄の外の世界はもう一つの刑務所である」という詩人の言葉を借りて、自身の中国研究の難しさ、「現場における深い学び」につきまとう困難を表した。そして今回は、日本と中国それぞれ一つの事例を通じて、どうすればこのような現実の中で「深い学び」およびその限界を乗り越えられるのかを論じると述べた。

日本の事例としてあげられたのは、阿古氏自らも関わっている旧中野刑務所正門保存運動である。旧中野刑務所とは明治時代に造られた豊多摩監獄のことであり、哲学者の三木清を代表とする多くの思想犯を収監したことで知られている。現中野区平和の森公園がその跡地だが、刑務所本来のものとして残っているのは正門のみである。地元の住民の間では、暗い時代を乗り越えた証として「平和の門」と呼ばれている。問題は、阿古氏の息子が通う小学校新校舎移転予定地にあったため、その正門をとり壊そうとする議論が出てきたことから始まる。一部の保護者や住民、また政治家からすれば、この正門は歴史の闇を象徴するものであり、子供達から遠ざけられるべきであった。それに対し阿古氏は自らその保存運動のために奔走し、正門は現在残されることとなっている。

阿古氏は、旧中野刑務所正門の保存に尽力したのは、現代中国の政治犯たちとの交流の際に抱いた苦悶のためであると言った。「どうしてこの人たちが犯罪者となっているのか?」そして、同じような時代が日本にもかつてあったことを、今の人々にも伝えたいと思った。オランダのロイドホテルや、台湾の緑島における歴史的建造物の歴史教育への応用を紹介し、どのように次の世代に暗い時代を教えるのか、日本における同様な学びの可能性を考えた。

次に阿古氏があげた中国の事例は、歴史に限らず、より広い「現在」の学校教育に対する現場からの反省であった。「留守児童」という、両親が出稼ぎに出ている子供たちの教育に力を入れている広東省の二つの学校を取り上げた。阿古氏によれば、二校はともに留守児童に歩み寄っているものの、方法に大きな違いがあった。一方は子供達に「留守児童」というラベルを貼り付けてしまっており、実質上は彼らを「保護する対象」と見なしている。子供たち自身の思いから離れ、結果的には政府の宣伝道具にもなってしまっていると指摘する。反対に、もう一つの農村の分校は「留守児童」の概念をあえて「淡化」し後退させ、子供たちの気持ちや自主性を重んじる教育内容や学校づくりに心がけている。広東の現場に赴き、両校における子供たちの姿や変化を実際に見聞し、学校教育のしかるべきあり方を模索した。

阿古氏はさらに、スウェーデンの学校教育を比較対象として紹介した。日本の学校に比べ、スウェーデンの学校は子供達により複雑なことを教えている。政治と社会のあり方、特にメディアを盲信してはならないこと、オピニオンリーダーになること、「世論を形成するとはどういうことか」など、日本では大学生向けの内容を子供達に教えているのである。阿古氏によれば、スウェーデンの学校では「政治的中立」を所与のものと捉えず、学校教育において、政治を論じることを拒否していない。選挙の前には、様々な政治立場の人たちが校内で演説することが許可されている。独裁制を批判しながら、民主制の問題をも教えている。要するに、子供を「小さな大人」として尊重しているのであり、「危ないことには近寄らせない、触れさせない」というような態度ではない。

最後に阿古氏は、日本でも新しい教育が各地で模索されていることを、東京の麹町中学を最新の事例として簡単に紹介した。なお、講義中、阿古氏はしばしば中国の言論統制の複雑性について論じた。国家からの抑制が強いのは事実である。しかし、それと同時に、自由について、政治について、国のあり方についての民間の議論は逆説的に非常に活発だと指摘する。一方、言論の自由が保証されている日本では「空気を読む」や「忖度」などによって、言論が知らず知らずに管理されている感があると述べる。そして、「言葉の生産に関わる者の力量と責任が、現在ほど問われているときはない」という引用文によって、今回の講義を締めくくった。

学生からの質問は、阿古氏が現場主義に至った理由を尋ねるのに始まった。阿古氏は、自分は人間観察が好きだったこと、また、喜怒哀楽から見えてくるものに面白さを感じていたことをあげた。なお、中国の学校づくりのプロジェクトに関わったさいの現場の経験を通じて、政府の役人・ジャーナリストやNGO・農民からは見えてくるものが全く違うことに気づいたと、驚きとスリルに満ちた自身の研究経験を回想した。

他にあがったいくつかの質問の一つに、講義のテーマは「深い学びの可能性と限界」であり、「可能性」については詳しい事例によって理解できたが、「限界」とは具体的に何か、があった。阿古氏はまず、この問いは色々な面から考えられる難問だと答えた。旧中野刑務所正門保存運動における自分の活動にそって言えば、「限界」とは、自分に壁を作り、それを超えられないでいることである。例えば正門の保存に反対する人たちと接する際、自分がすでに変人扱いされていると気づくと、ついつい壁を作ってしまう。しかし、最も問題であるのは「話すことすらしないこと」なのである。「限界」をどこに設定し、「限界」をどう乗り越えるのか、問題を考えて、絶えず悩むプロセスが一番良い学びだと説いた。

質疑応答の後、石井剛氏は近代中国の文人・魯迅の「鉄の部屋」の喩えを用いて、阿古氏が講義の最初で言及した詩人の言葉に呼応した。鉄の部屋の中の人々は眠っており、そのままでは皆死んでしまうが、眠ったまま苦しまずに死んだ方がむしろ幸せなのではないだろうか。壁や檻に「守られていること」は気持ちよく、安全なのかもしれない。民主主義をどう作っていくのか、我々が何を欲望して、どのような社会を作っていきたいのか。「深い学び」は、中国か日本かと関係なく、我々の足元から始まるものだと説き、阿古氏に謝辞を述べて第九回の講義の幕を閉めた。

報告者:張 瀛子(EAAリサーチ・アシスタント)

 

学生からのコメントペーパー

教育の重要性を感じた。(中略)いきていく中での難題(例えば政治など)を避けて教えないからこそ、そうした話題を議論することがまるでタブーかのようになったり、そのような状況が何も知らない人を生み出し、そのような大人による教育で同じような人間が生まれてしまうのではと考えた。(文Ⅲ・2年)

政治的中立性や政治的タブーばかりを気にして、日本におけるリアルな政治の話題をちゃんと教育の場で子供たちを交えて議論しないことが、若者の政治への無関心、無理解を生んでいるように思う。(文Ⅲ・2年)

日本では簡単には「深く考える」習慣はつかないと思う。深く考えるメリットよりある種保身的な活動をする利益の方が大きいからである。「深く考え」た先に何があるのかということを言語化したらどうなるか考えている。(理Ⅰ・2年)

日本人が、国家の統制でもないのに議論を避ける傾向があるというのはその通りだと思う。(中略)しかもその際に子供が怖がるからなどと根拠もないようなことを理由にあげるが、子供はそれほど弱くないと思う。子供を一人の人間としてしっかりと向き合うべきだと思う。また戦争の記憶において自分が被害を受けたことを示す遺産は残すのに、国内の抑圧的状況や国外への侵略、掠奪を示す遺産は消そうとすることは極めて危険だと思う。(文Ⅰ・1年)

制度上としては民主主義が成立している日本においても実は同調圧力や政治、経済の閉塞感によって、どんな意見も受け入れる自由な、寛容な議論の場があまり成立していないということに気づかされた。日本において歴史問題のような繊細な問題を草の根レベルから議論しようという精神を根本的に欠いていることは大きな問題だと感じた。このような現状を変えるものこそ「教育」だと思う。(文Ⅱ・1年)