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2019.12.17

2019年度秋学期のEAA読書会(「文学と共同体の思想」)の第五回

EAA読書会(「文学と共同体の思想」)2019年度秋学期の最終回は、12月10日(火)、東京大学駒場キャンパスのEAAセミナー室で行われた。担当者は具裕珍(EAA特任助教)であり、小熊英二の新著『日本社会のしくみ:雇用・教育・福祉の歴史社会学』(2019年、講談社現代新書)について議論した。

具裕珍氏は、まず、当著の内容を要約しながら、参加者と共に振り返った。経団連の正副会長19人の構成という具体的な切り口を通じて、日本社会の構成原理を明らかにし、この原理が支えている日本社会の「しくみ」を説明する。簡単に言えば、それは学歴重視(学校名だけ、何を学んだかは別)・年功序列重視(一つの企業での勤務年数だけ)であり、結果、都市と地方の対立や、女性と外国人の立場の弱さなど、社会全体の閉鎖感をもたらしているのである。小熊氏によると、日本社会では、暗黙のルールとなっている「慣習の束」が存在しており、その解明が本書の主題だ。本書において、日本社会は「カイシャ」と「ムラ」によって構成されているとされ、その中での働き方・生き方は三つのカテゴリーに分けられる:「大企業型」、「地元型」(自営業、農林水産など地元に根ざす)、「残余型」(大企業にも地元型にも当てはまらない、非正規労働者など)。小熊氏は、これらについての大量のデータと史料を分析し、日本の経済史と労働史、それからある種の「日本論」を導き出すのである。

参加者メンバーの討論は、王欽氏の本書に対する2つの疑問から始まった。まず、小熊氏が取り上げている社会問題は日本特有というより、東アジアないし資本主義国家に共有されているということである。したがって、そこから日本社会の「しくみ」を見ようとするのは、方法論的に問題があるのではないか。次に、小熊氏の叙述は、日本の社会と経済に大きな変化はなかったように進められているが、それは事実なのかという疑問である。例えば90年代のバブル崩壊は日本社会に確実に衝撃を与え、さらに近年はその時からまた変化しているのではないか。

具裕珍氏は、これらの疑問に対して「どうすれば日本を変えられるのか」が小熊氏の真の問題意識と考えられると答えた。ただ、王欽氏が問うているように、本書は詳細なデータを提示していながら、結論が曖昧になっている感は否めない。なお、本書では学歴重視・年功序列は当著では問題の原因とされているが、注意すべきは、戦後日本の高度経済成長期において、これらは日本企業の強みとされていたことだ。また、小熊氏は本書の中で「日本型雇用」に大いに着目しており、自分もこの点に興味を持っていると述べた。そこで八幡さくら氏は、自身と知人の経験を参照し、ドイツの状況と比較もしながら、日本企業における雇用の基準を分析した。すなわち、市場原理主義を取り入れることによって、政府が介入することなく、企業側の利益に合わせて新卒学生を採用するという「しくみ」ができている。その「しくみ」はほとんどの場合、学歴によってポテンシャルの高い学生を判断することである。

なお、小熊氏が提示した3つのカテゴリーの有効性も読書会メンバーの疑問の対象となった。例えば、伝統的な価値観を持つ「大企業型」と「地元型」に対し、90年代以降の現代的社会問題の中におり、数が増えている「残余型」は、どうして政治力が低いのだろうか?具裕珍氏は、これについて小熊氏は、「残余型」の人々が陥っている経済的・環境的な貧困に原因があると考えていると答えた。また、日本社会における不満のあり方、すなわち政治運動の形式の変化は注意に値すると付け加えた。60年代〜70年代の激しい暴力闘争の記憶、日本独特の労働組合の構造と現状、SNSの発展と2011年原発事故の影響など、幾つもの具体例をめぐり、読書会は自由な討論へと進んでいった。

今回の読書会は、対象とする書物の内容に対する疑問に終始したが、小熊氏の著作が提示した問題意識は、自分たちにとって身近な現在進行中の日本についての実体験や感想を交わす機会となった。令和元年も残りあとわずかである。各自の新しい年への展望を思いながら、読書会は終了した。

報告者:張瀛子(EAA RA)