お知らせ
2021.02.12

【開講情報】学術フロンティア講義「30年後の世界へ——学問とその“悪”について」(2021年度Sセメスター)

 東アジア藝文書院(EAA)では2019年度の「30年後の世界へ――リベラル・アーツとしての東アジア学を構想する」、2020年度の「30年後の世界へ――「世界」と「人間」の未来を共に考える」につづき、新年度の2021年度も学術フロンティア講義を開講いたします。

 【開講趣旨】(ページ中段)【各回の授業題目】(ページ下段)

【科目情報】
2021年度Sセメスター
 学術フロンティア講義「30年後の世界へ——学問とその“悪”について」

金曜5限(午後5時05分から6時35分)・オンライン

教養学部前期課程主題科目/教養学部後期課程高度教養特殊講義(東アジア教養学)
 ※ 履修・授業に関する詳細な情報については「UTAS」よりご確認ください

 

 ※ 授業フライヤー PDF版ダウンロード

【開講趣旨】
 2019年に発足した東アジア藝文書院(East Asian Academy for New Liberal Arts, EAA)は、「東アジアからのリベラルアーツ」を標榜しつつ、北京大学をはじめとする国際的な研究ネットワークの下に、「世界」と「人間」を両面から問い直す新しい学問の創出を目指す、東京大学の研究教育センターです。学問はわたしたちにただ単に未来を予測させるものではありません。そうではなく、わたしたちは学問をすることによって、わたしたちが意志して望む未来を創出しているのです。そこでわたしたちは、学問のフロンティアであるここ駒場に集う先生方とともに、皆さんが社会の中心で活躍しているであろう「30年後の世界」に向かって、学問的な問いを開く試みを発足当初から行っています。
 2020年以来、人類は新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の災禍に苦しんでいます。しかし、この災禍は、実は、「すでに気づかれていた弊害」が一気に噴出したものに過ぎないのではないかと、EAAの中島隆博院長は問うています(EAAオンラインワークショップ「感染症の哲学」2020年4月22日)。地球の南北どちらに住んでいるかによって生存条件が大きく異なり、また、1%の人口が他の99%の人々の富の総量を所有しているとすら言われる構造的な格差問題、テクノロジーの高度化による生命倫理の動揺や社会生活の一望監視化、少子高齢化の急速な進行、グローバルな人と経済の流動がもたらすさまざまな摩擦や社会分断などなど。COVID-19の世界的流行が示しているのは、感染によって生じる疾病がみごとなまでに、このような「すでに気づかれていた」構造的な弊害を、その構図通りになぞっていることです。コロナウィルスの人類への感染という現象自体が、自然収奪型の近代産業経済が行き着くべくして行き着いた結果であるという声もあります。
 「すでに気づかれていた弊害」のひとつひとつをすべて一気に解決する術はどこにもないでしょうし、それを目指したところでよい結果は望めないでしょう。それでもわたしたちは、学問の名において、想像力を解放し、よりよい未来を望むことができるはずです。なぜなら、学問とは「到来すべきもの」を公に向かって告げるものにほかならないからです。未来に進むべき方向を指し示すのが学問によって灯される希望の光であることは、古代ギリシャの昔から変わらぬ真理であるはずです。
 しかし、学問を行うわたしたちが、学問こそが善であると頑なに信じているだけでは独善に過ぎません。学問は、そのある部分では、無垢であるどころか、巨大な「悪」に加担してしまっているのではないでしょうか。もしかすると学問は、「すでに気づかれていた弊害」の構造化に寄与し続けてきたかも知れないのです。思えば、20世紀以来、アウシュビッツや核兵器など、人類は極端な悪を自ら生み出してきました。9.11事件で幕を開けた21世紀にはグローバル資本主義と近代産業システムの功罪が深刻に問われる事態をわたしたちは経験し、「善」と「悪」の二元論では片づかない現実に直面しています。学問はこうした諸事態に対して、どのように諸事態を表象し、分析し、批判してきたでしょうか。このことを考えるとき、わたしたちはまた、学問がその「悪」に加担してきたという現実から目を逸らすことはできません。なぜかと言えば、学問の限界と難題(アポリア)を知ることこそが、新しい学問の出発点につながるはずだからです。 新しい学問の出発点は、新しい社会的想像力の出発点でもあります。わたしたちは、ゼロからでも理想からでもなく、自分たちが背負ってきた知の限界や難題を遺産として受け継ぐことで、「30年後の世界」を自分の手で作り出していくしかありません。
 フランスの哲学者ジャック・ランシエールは「人間は知性を従えた意志である」と述べます。意志の出発点は、見ること、聞くこと、手探りすることであり、それらはそのまま、意志するひとりひとりの魂と能力を構成していくと彼は言います。中国の詩人顧城の詩に「闇夜はぼくに黒い瞳を与えた。だがぼくはその黒い瞳で光明を探す。」という一節があります。わたしたちの希望は、「悪」を見定め、「悪」のなかから世界を眼差そうとする意志によってこそ生まれるにちがいありません。
 この授業に話題を提供するのは、駒場のいまを支え、東京大学の将来を担う先生方や、東アジアをベースに国際的に活躍する先生方ばかりです。哲学、文学、歴史学、社会学、生物学など、さまざまな分野の教員が集まり、皆さんとともに学問の望みを語る場——それがオムニバス講義「30年後の世界へ」の世界です。
 わたしたちは、大学で学ぶことの醍醐味を味わいたいと渇望する多数の学生さんが参加してくれることを待ち望んでいます。

【各回の授業題目】
第1講 4月09日 初回ガイダンス
第2講 4月16日 佐藤麻貴(総合文化研究科/東アジア藝文書院、環境哲学)
「未来社会2050――学問を問う」
第3講 4月23日 太田邦史(総合文化研究科、分子生物学・遺伝学)
「地球上の生命と人類は30年後にどうなっているか」
第4講 4月30日 中島隆博(東洋文化研究所/東アジア藝文書院、世界哲学・中国哲学)
「近代日本哲学の光と影」
第5講 5月07日 張政遠(東洋文化研究所/東アジア藝文書院、日本哲学・現象学)
「香港、そして被災地」
第6講 5月21日 朝倉友海(総合文化研究科、哲学・比較思想)
「悪をめぐる三つのパラドックス」
第7講 5月28日 星野太(総合文化研究科、美学・表象文化論)
「真実の終わり?──21世紀の現代思想史のために」
第8講 6月4日 ミハエル・ハチウス(東京カレッジ、日本文化史)
「「知」の歴史からみた学問の「悪」」 
第9講 6月11日 鶴見太郎(総合文化研究科、歴史社会学)
「人種・民族についての悪い理論」
第10講 6月18日 林少陽(香港城市大学、東アジア思想史・文学)
「清末中国のある思想家の憂鬱──章炳麟の「進化」への回顧と、そして将来への展望」
第11講 6月25日 金杭(延世大学、東アジア思想史・カルチュラルスタディーズ)
「民主主義という悪の閾 ──光州民主化抗争と忘却の穴」
第12講 7月2日 王欽(総合文化研究科、比較文学・批評理論)
「私たちの憲法“無感覚”──竹内好を手がかりとして」 
第13講 7月9日 石井剛(東洋文化研究所/東アジア藝文書院、中国哲学・中国思想史)
「たたかう「文」: 言語の暴力と希望について」

   ※ 所属は2021年度春予定