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2020.01.06

EAAセミナー「フランスの公共空間における宗教的中立性の拡大:新しいライシテに向かって?」報告

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2019年12月17日、フランス・ポワティエ大学からエマニュエル・オーバン副学長(社会関係・法務・倫理担当)をお招きし、伊達聖伸氏(東京大学准教授)、山元一氏(慶應義塾大学教授)をディスカッサントとして合同ゼミ形式の講演会を行った。通訳は日本とフランスで弁護士の資格を持つ金塚綾乃氏が務めた。

本講演では、フランス流のライシテの起源、そして近年攻撃的になってきているライシテの性質を解明することを趣旨として、最近の事例を交えながら、フランス社会で度々議論になる公共空間における宗教的中立性について理解を深めた。

オーバン氏はまず、ライシテは学際的なアプローチを必要とするとして、法学、社会学、哲学の観点を提示した。法学におけるライシテは、ギリシャ神話のヤヌスのように、自由と禁止という「二つの顔」を持つ。このようなライシテと共和国との密接な関係性は憲法に記載されているが、ライシテの法学的定義は存在しない。よってこの概念を捉えるためには社会学的アプローチが必要となる。ここではジャン・ボベロが整理したフランスの七つのライシテが参照され、「反宗教的」「ガリカニスム」「アイデンティティ」「政教協約」といった側面からとらえるライシテが紹介された。哲学の観点からは、アンリ・ペナ=ルイスの「倫理的ライシテ」が取りあげられ、これによればライシテは国家公務員に課せられる義務の側面もあり、共同体主義の批判に用いられてはならないという。

続いてオーバン氏は「フロンティア」という語を通したライシテ理解の方法を提示した。まず、「不可分」と謳われるフランスの「領土的フロンティア」として象徴的なのは、ライシテが適用されていないアルザス=モゼル、仏領ギアナ、マヨットである。これらの地域では政教関係を規定する例外的な法が効力を有し、近年の「合憲性の優先問題」審査(ある法律規定が憲法の保障する自由や権利を侵害していると異議申し立てできる制度)はこうした特例の憲法的価値を認めている。このようなライシテ適用の地域的差異の容認とは別に「知的フロンティア」として、1905年法が目指していた国家と諸教会の分離と宗教的中立性をめぐる解釈の問題がある。リベラルなライシテ誕生の背景にはアリスティド・ブリアンの功績があるが、今日引き起こされるイデオロギー的な論争では第28条で規定される宗教的中立性が争点になっており、この象徴的な現場が学校だ。

学校の宗教的中立性で想起されるのは2004年のいわゆる「スカーフ禁止法」だが、こうした公共空間における宗教的標章に対して、近年ライシテがより攻撃的になってきているとオーバン氏は指摘する。比較的リベラルなライシテを取り入れているコンセイユ・デタは、厳密な中立性を求める訴えが市民からあった場合、そこに強い宗教的勧誘の性質があるかどうかで逐一判断するそうだが、ここでの争点は中立性が課せられるアクターだ。それは主に公的サービスを提供する公務員になるのだが、最近は利用者側や公共空間全体における宗教的標章への拒絶反応が増し、とりわけイスラームに対しては厳しい姿勢が前面に出ている。ここでオーバン氏はライシテの原点がリベラルで寛容さを求めるものだったことに再び触れ、アカデミー・フランセーズ会員の作家、ダニエル・サルナーヴの「好ましいライシテ」(laïcité aimable)を引用しながら、対話を重視することでこうした攻撃的なライシテを回避させられるという展望を示した。

ディスカッサントの伊達氏からは、中立性が課せられるアクターとして、公務員と議員の違いはフランス社会に認識されているのか、実際にはどのような法的な規定があるのかについての質問があった。また、山元氏は、公務員という職種からイスラームの女性が排除されない「より好ましいライシテ」の可能性について問い、「好ましいライシテ」を実現するためには、中立性を守るべき公務員のなかにも、いくつかの段階があるのではないかという論点を出した。ほかにもフロアからは活発に質問やコメントが投げかけられた。限られた時間ではあったが、ライシテを多角的に理解するための視点を得るにあたり有意義なセミナーとなった。

報告者:白尾安紗美(東京大学大学院修士課程)