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2019.06.12

2019 Sセメスター 第7回学術フロンティア講義

2019年5月31日、学術フロンティア講義「30年後の世界へ―リベラル・アーツとしての東アジア学を構想する」の第7回目の講義が行われた。今回の講義の題目は、「30年かかってできた気候変化適応技術のはなし」で、担当の先生は小林和彦氏(東京大学農学生命科学研究科名誉教授・茨城大学研究員)だった。

冒頭では、30年後に世界の食べ物は足りているか、各国・地域の食料供給量の統計を示しながら問題提起された。食べ物が余る傾向にあり、フードロスが問題となるとのことであった。

次に、本題に入る前の前提として、参考文献として挙げている「貧乏人の経済学」と「イノベーションの普及」の内容に基づいて、発展途上国の実態とイノベーションと普及について紹介があった。発展途上国に住んでいる人の考え方の一例として、テレビが食べ物より大事という意見があったことが興味深いとの話があった。

イノベーションとは、東芝がラップトップを発明したような新発明に限らず、ペルー農村で水を煮沸して飲むようになった新習慣をも含む。そして、普及とはイノベーションが広がることを指す。ただ、利便性の高い新しいイノベーションが広がるわけではなく、タイピングをあえて遅くするために開発されたQWERTYのようなキーボード配列が現在逆に普及していることが紹介された。また、イノベーションの普及では、初期採用者が採用して、その後に多数採用者が採用するという流れがあり、その普及は個々の社会状況に依存する社会現象であるとのことだった。

上記を前提に、30年かかってできた、気候変化適応技術のはなしという本題に入った。具体的には、北海道の十勝地方で普及した雪割りという農業のイノベーションについて紹介された。北海道の十勝地方では、気候変動の影響で積雪が早まったため、土壌凍結深(土壌が凍結する深度)が減少した。そのことにより、野良イモ(土壌が凍結しなかったことにより死滅しなかったイモが翌年野放図に発芽したもの)が多く出るようになって、繁忙期の夏に人員を割いて除去する必要性が出るという問題が発生した。

そこで、ある十勝地方の農家(リードユーザー:イノベーションを積極的な応用を試みるユーザー)が雪を畑から除去すること(雪割り)で、土壌凍結を促して野良イモを減らそうとして、そのような技術が分散的に普及していったが、雪割りによって逆に土壌凍結深が高くなりすぎて農業に悪影響が出るという課題も出てきた。その際に、北海道の普及センターを通じて、地温推定モデルを研究していた広田博士(北海道農業研究センター)が偶然その課題を知ることとなった。講義当日は、ちょうど東京にいらっしゃっていた広田氏が登壇して、当時の具体状況を紹介した。広田氏は地温推定モデルを使って土地凍結深を推定することで、適切な土地凍結深になるように、どの時期に除雪すべきかを判断できるようにした。その結果、野良イモを効果的に減少させることに成功し、栄養の流出防止という副次的効果も生まれた。また、このイノベーションを更に普及させるために(集中型普及)、農家向けのシステムを構築して、農家がこのイノーベーションを容易に採用できるようにした。

本事例の成功要因を振り返ると、農家が本技術を最初に生み出していたこと、研究によって技術の信頼性を上げたこと、農協など既存組織を通じて更に広く普及させたことが挙げられた。また、普及の裏では、農家間・研究間のネットワークが、広田氏につながるという偶然性もキーとなった。

発表の締めとして、第二回目の講義で中島隆博氏(東京大学東洋文化研究所教授)が言及していたOpenという概念に小林氏は言及した。Openとは社会に向けて開くという意味で、ここでは研究を農家などに対して開いていくことを指す。また、東京大学国際オープンイノベーション機構についても言及され、トップダウンでイノベーションモデルを設計するという発想ではなく、社会とのOpenなコミュニケーションをしていくことで、社会を変えるイノベーションが出てくるのではないかという問題提起があった。

学生からも積極的に質問がなされた。例えば、国家はイノベーションに対してどのような役割を果たすことができるか、イノベーターの特徴は何か、農家は今後30年でどうなっていくか、といった大きなテーマから、小林氏がなぜ農学を志すことになったかといった、個人的なテーマまで幅広く質問がなされた。小林氏は、例えば、国家は細かい部分まで介入せずにアイディアが出る仕組み作りに注力すべきなどといった話をなされた

最後に、本講義のコーディネーターである石井剛氏(東京大学総合文化研究科)から、「偶然」なイノベーションを求めるためにネットワークを広げていく必要性があり、これはまさにEAAが目指しているものである、とのコメントがあり、今回の講義が締めくくられた。

報告者:王雯璐(EAAリサーチ・アシスタント)
写真撮影:立石はな(EAA特任研究員)

 

学生からのコメントペーパー

イノベーションはリアルワールド(社会)に向けて「開く」ことで生まれるという考えは今後大切にしていきたいです。今からできることは、様々な人とつきあい、その中で新しいものを発見したときに積極的に受け容れていくことだと思います。自分の考えとして、究めた学問を社会に積極的に還元したいということがあるので、今回のお話を大切なヒントにして、人との出会いを大切にしたいです。(文Ⅰ・1年)

30年後の未来を構想する」というテーマがあるこのEAAで、逆にこれまでの30年間でどのようなことが達成できたかということを気候変化適応技術にフォーカスして具体的に説明してくださった素晴らしい講義だと思った。(中略)複雑な現状がある中で30年後を構想していく必要がある。(中略)30年後には大きくなるような問題がたくさんある。東アジアにフォーカスしても温暖化、砂漠化、歴史問題、領土問題…と問題は山積している。データや資料を直視し、イノベーションを起こし、また、イノベーションの発生を助ける、そんな人材になりたい。(文Ⅰ・1年)

歴史の勉強を通してもある地域でのイノベーションが他の地域へ伝播するまでに交易が始まるまでの長い時間がかかったり、地域内でも宗教などによってイノベーションが弾圧されてしまうことが多々あったという事実を思い出した。イノベーションに限らず、発明や思想などといったものがヒットしたり広がったりしたりするということは複雑に様々な要因が絡まった結果であるのだな、と改めて認識し直すことができました。(文Ⅱ・1年)

研究をopenにしていくことが大事だと思った。そして自分もイノベーションの可能性を高めるべく世界に対してopenな姿勢を持ちたいと思う。(文Ⅰ・2年)

「リアルワールド」に対して「開かれて」いること、そのためには、あらゆる人々と対等に、それ以上に教えを乞う姿勢、相手に対する敬意をもってつながりをもつこと、そのことを見失わずに学生として、その先の研究者として生きていかなければならないと思った。(理Ⅰ・1年)