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2023.05.30

【報告】 「冷戦の記憶、中国の台頭と今日の歴史叙述」(胡明輝氏講演会)

    2023年517日(水)、駒場キャンパス101号館11号室にて胡明輝氏(Hu Minghui, カリフォルニア大学サンタクルーズ校)による講演「冷戦の記憶、中国の台頭と今日の歴史叙述」が開催された。司会は石井剛氏(EAA院長)が務めた。
 今日では、領土拡大について議論するさいに植民地主義、帝国主義といった概念がよく使われている。しかし、これらの概念を援用して18世紀から20世紀までに形成されたアメリカ帝国、ロシア帝国、清帝国の領土拡張について説明してはならない。なぜならば、植民地主義や帝国主義は、20世紀のヨーロッパを語るさいに作られた概念であり、そのままでは適用できないからである。それでは、我々はグローバルな観点から清帝国の領土拡張を考察するさいに、どのような言語を用いて、彼らのイデオロギーと考え方について議論すればよいのだろうか。                     (会場の様子)                                                                                                                                      
 胡氏は、上記の問いを提出したうえで、①冷戦の記憶、②中国の台頭、③今日の米中対立が新しい冷戦となっているのか、④近代中国におけるいくつかの二項対立という四つの部分に分けて講演会をおこなった。講演において、胡氏は、中国、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカの例を取り上げて、農耕文明と遊牧文明との衝突は中国史上の特有な現象でなく、世界史的な現象なのだと指摘した。また、胡氏によれば、中国の歴史叙述において、農耕文明と遊牧文明との衝突が往々にして文明と野蛮という二項対立で解釈されることが多いが、そういたいわゆる文明と野蛮との境界は自然環境によって作られた「環境の産物」であり、より環境論的な観点、もしくはグローバル・ヒストロリーの観点から再検討する必要がある。

                     (胡明輝氏)
 さらに、胡氏は、英語圏における「Waiting for the Barbarians」(野蛮人を待っている)の言説を紹介し、いわゆる「野蛮人」が到来することで活力に満ちた新しい文明が創造される可能性を提示したうえで、清帝国の歴史について再検討すべきだと呼びかけた。つまり、胡氏によれば、清帝国は、支配民族である満州人の介在によって、漢人社会だけではなく、チベット仏教社会、モンゴル社会をともに支配していたのであり、このような統治のありかたにはある種の普遍性(「universalism」)が存在している。それはヨーロッパ世界にはない普遍性である。この普遍性がいつ、どのように形成されてきたのか。この問いに対して、我々は真剣に考えなければならない。

                     (石井氏)

 その後の質疑応答では、アメリカ帝国、清帝国およびロシア帝国における領土拡張の類似性、環境と文明の関係、「新清史」の妥当性、清帝国と今日の中国の連続性、清帝国の領土意識、華夷の変などをめぐって、多岐にわたって様々な質問がなされた。最後に、石井氏は、本講演のキーワードは「礼失求諸野」(礼失われてこれを野に求む)なのではないかと述べた。石井氏によれば、我々の「礼」が失われた今日において、私たちは「Waiting for the Barbarians」、彼らとぶつかりあいながら新しい「礼」を構築しなくならないのだ。 

                                                         (張政遠氏) 
 報告者は、本講演を通して、近代中国を理解するにあたっての清帝国の重要性について、改めて認識を深めた。つまり、中国の近代は清帝国によって形成された社会構造を土台とし、これを継承しつつも、基本的にこれを破壊して、再編成する形で行われてきたということだ。その意味において、いま現在我々が直面している諸問題を、「帝国の崩壊と再編成」という歴史的文脈の上に置き直す必要があるかもしれない。

                 報告:陳希(EAA特任研究員)    

写真:郭馳洋(EAA特任研究員)