2025年9月13日(土)15時半~ 徳島県東みよし町のカフェ・パパラギにて「レクチャーコンサート「江戸後期の庄内の文人文化——金峯山空賢院の「蓮社」とその周辺」が行われた。また、14日(日)には第40回となる哲学カフェ(山泰幸氏(関西学院大学)の主催)が開催された。EAAからは田中有紀が参加し、山澤昭彦氏(実験音楽工房)がレクチャーと演奏を行った。以下の報告は山澤氏によるものである。
2025年9月13日・14日の2日間、徳島県東みよし町で開催されている「セミナー」と「哲学カフェ」に参加させていただきました。会場の「カフェ・パパラギ」は、東みよし町の中心を流れる吉野川の南の市街地にあります。
初日の午後3時半から行われたコンサート付きのセミナーのタイトルは「江戸後期の庄内の文人文化」。⾦峯⼭空賢院の文芸サロン「蓮社」に集った文人達と通寛上⼈の友情の物語についてお話をさせていただきました。この物語は、金峯山中腹の西谷に建つ「瘞琴碑」に詳しく刻まれています。金峯山は庄内藩の城下町(山形県鶴岡市)の南にある山で、中国の南山「廬山」に例えられています。作家の藤沢周平は鶴岡の出身で、生家は金峯山の近くです。また、彼の歴史小説に出てくる東北の小藩「海坂藩」は庄内藩がモデルになっています。
なぜ、江戸から遠く離れた奥州の地に⽂⼈⽂化が花開いたのか。その要因について考察すると、当時の文人武士達が学んだ儒学と江戸での生活が見えてきます。庄内藩の藩学は古文字学の「徂徠学」で、空賢院に集った文人達の一世代前の庄内藩の家臣は、江戸で荻生徂徠から古文字学を学んでいました。徂徠は『琴学大意抄』という琴の研究書を著すほどの琴の名手でした。文武両道に優れた藩士たちは、江戸に居住している藩主の子供たちの教育係として、交代で藩の江戸屋敷に勤務していました。庄内藩の藩主酒井家の江戸藩邸「上屋敷」は、江戸城に近い現在の大手町にありました。また、酒井家の江戸藩邸の近くには、伊勢長島藩の江戸藩邸もありました。藩主の「増山雪斎」は、風雅を愛でた文人大名として知られていました。藩主の子供たちの教育係として江戸に勤務した藩士達は、伊勢長島藩の江戸藩邸にも遊びに行ったようです。庄内藩と伊勢長島藩の藩士は友達の関係だったのです。空賢院の文芸サロン「蓮社」に集った文人達は、藩校「致道館」ができると、ほとんどが藩校の要職に就きました。
この頃の庄内藩の文人の中には、尺八(普化尺八)を演奏した武士もいました。尺八は、虚無僧だけが演奏することができる楽器でしたが、江戸の後期になると武士の中にも尺八が流行していました。庄内藩の文人武士も江戸勤番の折に尺八を習ったと思われます。琴古流の創始者「黒沢琴古」の門人だった可能性が高いです。虚無僧は江戸時代の初期に誕生したと思われますが、虚無僧についての信憑性のある記録は無く、初期の虚無僧の実態は謎に包まれています。虚無僧が演奏していた尺八のメロディーは、日本や中国のアジアの五音階の音楽とは異なっていて、江戸時代には禁教になったキリスト教のグレゴリオ聖歌の旋律と似ているところがあります。
レクチャーの後に行われたコンサートでは、江戸時代に虚無僧が演奏していた曲(尺八古典本曲)の中から、「虚鈴」「呼返鹿遠音」「流鈴慕」「奥州薩慈」の4曲を演奏しました。コンサート付きのセミナーは、10年の歴史のなかでも今回が初めてということでした。
二日目の午前中は、セミナーと同じ会場の「カフェ・パパラギ」で開催された「哲学カフェ」に参加しました。今回は、記念すべき10年目(第40回)に当たるということで、参加者に記念誌《テッちゃん》が配布されました。東みよし町以外の他の地域からの参加者も多いのには少し驚きました。
哲学カフェには、「話したい人は、どんな意見でも述べ、話したくない人は、ただ聞くだけでもいい。結論を出す必要も、コンセンサスを得る必要もない。参加者がさまざまな意見を出し合うだけ。相手(の言うこと)を否定してはいけない。」というルールがあるようです。今回のテーマは「友達」。身近な話題ということもあってか、自分にとって「友達」とはどういうものかについて、自身の体験や理想まで、参加者にマイクを回しながら、様々なお話を伺うことができました。
記念誌《テッちゃん》の編集後記には、こんなことが書かれています。
記念誌はこれで4回目、ワンパターンで皆さんには申し訳ない気持ちだ。
哲学カフェに関わりながら、果たしてこれに意味があるのか?いやこういうことこそ地味に続けることが大事だ。自問自答しながら関わってきた。その間、楽しむことだけは忘れずに心がけてきた。
「もやもや」 をお持ち帰りいただく哲学カフェとはなんなのか、それは何のために、誰のために、なぜカフェでやっているのか?何事も、やってみないと分からないことがある。今回皆さんから寄せられたひとりひとりのメッセージを拝見しながら、「哲学カフェとは?」 というテーマで、哲学カフェをしているかのような錯覚に陥り、一人一人の発言を楽しみながら、感心しながら順番に聞いているように思えてきた。それらのコメントは、この10年間の「もやもや」を晴らすものになったのではと思う。参加者がそれぞれの立場からこの哲学カフェを語ってくださり、皆さんのメッセージを通して哲学カフェの輪郭が随分見えてきたように思う。
哲学カフェに通ってくださる皆さん、そして記念誌に寄稿してくださった皆さんに感謝しつつ、今の私の思いは、誰かの言葉を借りて、どうか「奇跡が続きますように」。
今回のイベントでは本当に多くの人たちとの出会いがありました。この10年間「哲学カフェ」を継続してきた山泰幸教授(関西学院大学)のパワーと地域への思いには尊敬するしかありません。また、記念すべき10周年のイベントに招待していただいたことは、私には「奇跡」のように思われます。レクチャーコンサートのために音響設備やプロジェクターなどを準備していただき、さらに、吉野川上流域の観光案内までしていただいた島尾明良氏にお礼を申し上げます。
文責:山澤昭彦(EAA「東アジア音楽の美」研究会・尺八ワーキンググループ)

