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2021.02.09

EAA Art History Seminar in English

202128日(月)16:30より、Cisco Webexを利用して、EAA Art History Seminar in Englishが開催された。東アジア藝文書院(EAA)には世界美術ユニットはないが、哲学や歴史、文学の各方面での議論を重ねるうちに、視覚芸術やイメージ研究にまたがる問い、とりわけ「かたち」をめぐる探求が、メンバー間での議論を通して数多く生まれていた。そうしたなか、世界哲学ユニットの若澤佑典氏(EAA特任研究員)が、イタリア・ルネサンス研究を専門とする趙可卿氏(中山大学西湾学院)との協同の可能性を提起したことで、ユニットの枠を飛び越えた今回の企画がはじまった。同じくイタリア・ルネサンス研究を専門とし、東京大学大学院経済学研究科で歴史家ワークショップの運営を担う古川萌氏(東京大学)にお声かけをしたところ、登壇に快諾いただき、15-16世紀フィレンツェにおけるアートと社会・政治の関わりについての二本立ての講演企画が実現する運びとなった。

現在、台湾では大学を含む公的な機関でのZOOM利用が認められていない。そこで台湾研究者の前野清太朗氏(EAA特任助教)とともに準備を進め、ZOOMと代替可能な会議プラットフォームであり、なおかつ中国等からアクセス制限のないプラットフォームとして試験的にCisco Webexを用いてセミナーを開催することにした。報告者である髙山花子(EAA特任助教)は美術史の専門外であるが、長らく北京出身のフランスの画家ザオ・ウーキーと、詩人アンリ・ミショーらの交遊に関心を持っており、絵画と詩、文学、哲学の交差点という視点から、レスポンダントを務めることになった。

最初の講演者である趙可卿氏は、“The Hidden Renaissance: Arts or Political Discourse?”(「隠されたルネサンス——芸術、あるいは政治的言説?」)と題し、1970年代以降の社会的背景を解きほぐす新しい美術史の研究動向を踏まえて、自身が専門とする15世紀フィレンツェについて、歴史的な流れを丁寧に踏まえて発表を行った。趙氏は、当時のダヴィデ像の制作の変遷が、ミラノ公国との戦いを意識してフィレンツェ市民を鼓舞する目的とかかわり、小国フィレンツェそのものの成熟と連動している点、それから、フィレンツェのアイデンティティ形成のために聖ゼノビウスのイメージが利用されている点を読み解き、作品制作の背景にどのような政治的イデオロギーが機能していたのかの一例を提示した。

2人目の講演者である古川萌氏は、“Commemorating Great Artists in Their Native Land: Tombs and Epitaphs for Artists in 16th-century Florence”(「故郷の偉大な芸術家を顕彰する——16世紀フィレンツェにおける芸術家のための墓とエピタフ」)と題して、謎解きのようにスリリングな発表を行った。ジョルジョ・ヴァザーリの『列伝』に収録された芸術家の伝記それぞれにエピタフが付されている点が、当時の埋葬で墓に紙のエピタフをつける慣習と重なると指摘した上で、メディチ家による新たな芸術家へのパトロネージの形態として、彼らの偉業を記憶に残してゆくことが、ヴァザーリの助力で初めて実現したダイナミズムを描き出した。

わたしはレスポンダントとして、現在と異なる当時の芸術の定義、芸術家支援、それから中世とは異なるかたちで宗教的な要素が作用していた政治状況を確認した上で、趙氏に対しては、ダヴィデ像を見ていた人たちが誰であったのか、 “citizen”の定義への関心から質問した。古川氏に対しては、ヴァザーリの『列伝』の具体的な読者層がどのような人たちであり、また記憶されるべき芸術家の選別にも政治的意図が働いていたのか、質問をした。聖書解釈をはじめとする専門知や、初期ルネサンスの人文主義者の影響についても言及した。

パネリスト間の議論では、まず趙氏から、中世との相違点の一つは、絵画をはじめとする作品を実際に見られる鑑賞者の幅が圧倒的に広がり、広場といった公共の場には旅行者さえも訪れていた点や、ダビデ像のレプリカが製造され、イメージの流布に繋がっていた当時の様子が補足説明され、メディチ家をはじめとする貴族のメンバーと選挙制度の関係が議論された。古川氏からは、当時の知識人が、小さなパンフレットを自作して、それによって情報を人々に伝達していたエピソードが紹介された。また、当時の日記の記述から、こうした政治的イデオロギーの込められた芸術作品の受容についてはある程度知ることもできると明らかにした。これらは、イタリア半島内部での政治的な対立があったにもかかわらず、人の移動や人的交遊が比較的行われていた特異性とその重要性を浮き彫りにする点でも有益な議論であった。

時間が限られていたことが惜しまれるが、フロアからも、当時の墓の装飾レリーフや、エピタフを文学ジャンルの系列とともに読解する可能性について、チャット欄を利用して、質問が寄せられた。総括すると、いまから500年、600年以上前の人々の様子については、いまだわからない点が多い中で、残された痕跡をもとに、おそらくはルネサンス期の人々自身も正確には理解していなかったと思われるパラダイムシフト期の全体像に、リアルに切り込み迫ろうとする2人の資料探査と読解の豊かさが、ひたすら贅沢であったと言えるだろう。オンラインで制約のある中、充実の議論を用意してくれた2人には改めて感謝したい。これを機会に、美術をキーワードに若手研究者で国際連携をするきっかけができるのではないかと思う。今回Cisco Webexの使用に伴う音声トラブルが深刻であったため、この課題を改善し、次回に向けて、オンラインでの集まりのためのよりよいプラットフォーム創りを進めてゆきたい。

報告:髙山花子(EAA特任助教)