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2023.10.18

【報告】映像から考える水俣――原一男『水俣曼荼羅』を観る

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 2023930日(土)、EAAおよびUTCP(共生のための国際哲学研究センター)主催、Global Shapers Community Fukuoka(以下GSC福岡)共催のもと、EAAセミナー室にて原一男監督『水俣曼荼羅』の鑑賞と議論を行った。その概要と当日の様子を報告したい。
 本イベントは、UTCP上廣共生哲学講座特任研究員の宮田晃碩(本報告執筆者)がGSC福岡のメンバーとともに企画したものである。GSCとは、世界経済フォーラムを母体とする若者(20-30代)のコミュニティであり、全世界に457のハブを有している。環境問題をはじめとする様々な社会課題に取り組むことを旨としており、メンバーは大学生からアーティスト、学校教員、起業家まで幅広い。GSC福岡はそんなコミュニティのハブのひとつであり、いくつかのプロジェクトを運営している。20233月には、暮らし方に向き合うために立ち上げられたOne Month for the Future(以下OMF)というプロジェクトの主催で、12日の水俣スタディツアーを実施した。報告者の宮田はGSCのメンバーではないが、水俣に関心を寄せていたことからこのツアーに参加し、以来GSC福岡ないしOMFのメンバーと交流がある(あらためて整理すると、GSC福岡のプロジェクトのひとつがOMFである)。202310月には第2弾のスタディツアーを実施することとなり、そのための事前学習も兼ねて、今回『水俣曼荼羅』を見て語り合うという機会を持つことになったのである。
 『水俣曼荼羅』は、2004年から15年間にわたって水俣病と闘う人々の姿を取材し2020年に公開された、3部構成で全6時間以上の大作ドキュメンタリー映画である。今回鑑賞した第一部「病像論を糺す」は、国と熊本県の責任を認めた2004年のいわゆる「関西訴訟」最高裁判決から始まり、その判決にもかかわらず水俣病と認定されない患者たちや、これまで「水俣病は末梢神経の障害によるもの」と理解されてきた病像論に「水俣病は中枢神経の障害によるもの」と異議を突き付けて患者たちの救済のために奔走する医師たちの闘いを主に追っている。

 上映後には参加者の間で疑問点の確認を経て、感想およびそれぞれの観点からさらに考えたいと思った点を共有した。
 今回の参加者は計13名であったが、私のような研究者ばかりでなく、新聞記者や民間で難民受け入れの支援に携わる方、市議会議員など様々な立場で活動する人が集まった。それゆえ映画に対しても様々な感想と疑問が寄せられた。例えば印象的な場面に、当時の小池百合子環境大臣が「誠に申し訳なく思っております」と謝罪するのを患者と支援者たちが糾弾する場面があるが、数十年にわたって苦悩を抱えてきた患者たちの怒りに共感しつつも、これ以上行政職員に何が言えるのか、行政の視点から見えるものをさらに知りたいという声もあった。またこの闘いはどうすれば報われるのか、金銭による補償のほかに何ができるのか、行政以外の主体ができることは何かといった問いも挙げられた。医学的な好奇心と患者たちの思いの交錯についても、どう受け止められるかという戸惑いが表明された。
 またこれは報告者の私自身が根本的だと思うこととして、コミュニケーションの問題、そして時間の問題も挙げられた。コミュニケーションの問題とは一言で言えば、どうすれば思いが通じるのか、思いが伝わらないなかで何ができるのかという問いである。行政と患者のあいだで、言葉は絶望的にすれ違う。患者と医者のあいだでも、時に食い違うことがある。思いが強ければ強いほど、そうしたすれ違いは人を孤独にし、傷つける。その絶望的な状況はどのような言葉によって、あるいは言葉以外の何によって癒されるのかという問いをこの映画は強烈に突き付ける。
 そして第一部では、最高裁判決が「末梢神経説」に代わり「中枢神経説」を支持したにもかかわらず行政は水俣病の認定基準を変えず、さらに何年ものあいだ未認定患者たちが待たされ老いていくという時間が描かれていた。問題が解決に向かわぬまま時間ばかりが過ぎてゆく。あたかもそれが狙いであるかのように。行政職員に向かって「いま動かないでどうするんだ! あんたたちの出番なんだ!」と叫んだ支援者の言葉が忘れられない。
 『水俣曼荼羅』はタイトルの通り、一直線の物語などではなく多中心的で混沌とした事態をフィルムに収めようとした作品である。その混沌は現実に続いているが、同時にそこには現状に抗い、体制に立ち向かってゆくエネルギーも渦巻いている。そのエネルギーに巻き込まれながら、それぞれの立場で目の前にあるもの、挙げられている声に応じてゆくこと。そうした課題を参加者と共に確認できたように思う。私としては大学やそこで行われる研究がそのような動きに寄与できるように、今後もGSCの仲間たちと活動を共にできればと思っている。

報告:宮田晃碩(UTCP上廣共生哲学講座 特任研究員)