本日は修了おめでとうございます。私は日本哲学を研究する者ですが、和辻哲郎の随筆「樹の根」という短い文章を手がかりに、一緒に考えたいと思います。和辻は、松の木に囲まれた家に住みながら、ある日、こう述べています。「しかるにある時、私は松の樹の生い育った小高い砂山を崩している所にたたずんで、砂の中に食い込んだ複雑な根を見まもることができた。地上と地下の姿が何とひどく相違していることだろう。」
確かに、私たちの目に映るのは、立派に伸びた姿や、美しい外形です。しかし、そのすべては、目に見えない根が、長い時間をかけて土の中に張り巡らされているからこそ、可能になっているのです。学生の皆さんは普段成績、研究者たちは研究成果や発表など、さまざまな「目に見える成果」を積み重ねてきました。けれども、その背後には、結果として残らなかった努力、思うようにいかなかった試行錯誤、誰にも知られずに悩んだ時間があったはずです。例えば、留学中にも大変なことがあったりして、否になったこともあるでしょう。
それらは、卒業証書・修了証書には記されません。しかし、地中で根を張る時間は、決して無駄にはなりません。この根があるからこそ、新たな枝や葉っぱが出てくるのです。和辻は最後にこう書いています。「教養は培養である。それが有効であるためには、まず生活の大地に食い入ろうとする根がなくてはならぬ人々はあまりに根の本能を忘れていはしないか。いかに貴い肥料が加えられても、それを吸収する力のない所では何の役にも立たない。私は教養の機会と材料とが我々の前に乏しいとは思わない。ただそれに相当する根が小さいのを忘れる。汝の根に注意を集めよ。」
さて、EAAという木はどうでしょう。根がまだ小さく、肥料があまりないので、倒れてもおかしくない木ですが、しかし根を強くすれば、大きな木になるはずです。そして、地上では一本の木ですが、地中では他の木の根と一緒になっているはずです。共生のための根でしょうか。これからは一緒にこの木を一緒に育てたいと思います。
本日は誠におめでとうございます。
2026年3月3日
東京大学東アジア藝文書院
オフィス長 張政遠

