ブログ
2023.03.03

【報告】2022年Aセメスター北京大学派遣留学報告 教養学部 石川禎子

9月12日
私たちの交換留学が始まった。10時前に飛び立つ便に搭乗予定なので、7時前に飛行場で集合した。長い列に並ぶ。
その間、びっくりすることに杜さんが健康コードを申請していなかったことが発覚した…夏さん、私、杜さんの3人で大慌てで申請してなんとか搭乗手続きに間に合わせた。が、あと10分遅かったら杜さんは飛行機に乗れていなかったとのことなので本当にギリギリだ。
飛行機に乗れてようやく一息つく。最後に中国に赴いたのは5年前かと思いを馳せる。飛行機が飛び立ち、日本の地が少しずつ遠くなる。心の中でまたねと言う。
数時間後、北京首都空港に到着。私たちを出迎える職員は全員防護服を着ている。中国では「大白」と呼ばれているらしい。厳重な防備体制を見るに、私たち全員が死の感染病でも持っているのかと思っているのか?
入国審査後、誘導に従ってバスに乗る。今から豊台区にある隔離ホテルに向かうらしい。私たちの乗るバスの前後をパトカーが挟んで進むのだからなんだか犯罪者の護送を体験しているようで可笑しくなってしまった。
バスに揺られながらぼーと窓の外に目をやると、以下にも中国らしい道路の感じや建物に、久々に中国に来たなと実感がわく。
1時間ほどでホテルに到着した。これから10日間の入国隔離だ。支払いを済ませて部屋に案内された。清潔な広い部屋で一安心した。
しかし隔離体制はなかなか厳重だ。廊下と部屋のドアの間にさらに引き戸のようなものが一枚取り付けられており、隔離期間中は二つを同時にあけると、隔離日数が振り出しになるらしい。
部屋で一息ついているうちに夕ご飯が運ばれてきた。作業員さんが部屋のドアと引き戸の間の空間にお弁当箱を置き、部屋のドアをノックしてくれる。ご飯はなかなか豪勢だ。
このホテルで10日間を過ごした。ちなみに私は隔離期間中に誕生日を迎えたが、ホテルの方がそれに気が付いてくださり、ケーキと長寿面を差し入れてくださったのでサービスの良さには感動した。(驚くことに通常の夕ご飯も届いたのでさすがに完食できなかったが)

10日後、隔離期間が終了し、やっとホテルを出ることができた。夏さんの親戚のお兄さんが手配してくれた車で次のホテルへ向かう。(隔離ホテルから北京大学へ直行するのが一番大学にコロナを持ち込むリスクが低いと思うけど、北京大学はそうは考えていないらしく、私たちは入国後の10日間の隔離に加えてさらに11日間キャンパスの外で自主隔離することを求められた。)
ホテル自体はどこでもいいというので、私は北京大学付近の漢庭酒店で3日間、南锣鼓巷の中にある四合院酒店で4日間、最後に北京大学からほど近い苏州街漫心酒店で過ごした。ホテルで北京大学のオンライン授業を受けるのに忙しかったが、その合間を縫ってできることも多い。まずは期限が切れていた身分証明書の再発行、中国SIMの購入、銀行口座の開設を済ませて不自由ない生活を手に入れた。
また、去年の東大と中国人民大学との共同プログラムで仲良くなった女子たちと感動の再会を果たし、一緒にご飯を楽しんだほか、国庆节の期間に一緒に天安門広場の観光をした。

一人でもたくさん遊んだ。南锣鼓巷のホテルに泊まった際には授業後に出かけて食べ歩きをし、休日には故宮で漢服撮影を行った。

103
私たちはやっと北京大学に入構することができた。キャンパス外の生活の余韻をかみしめつつ、私は北京大学での留学生活が本格的に始まることに胸を躍らせた。EAAのサマープログラムで知り合った友人が校門まで迎えに来てくれて、元培寮まで案内してくれた。私の部屋は六階にあるというので、エレベーターを探したが、そんなものはないという驚きの事態が発生した。仕方がないので、重いトランクを引きづって階段を上る。途中で男子学生が手伝ってくれたのは本当に助かった。(ちなみに甘え上手の夏さんは私に荷物運びを手伝わせた)
次の日、夏さん、杜さん、私の三人は入学手続きを進めた。北京大学のキャンパスは驚くほど広く、何か所かの事務局を回るだけでひどく骨が折れた。
私の授業は19時前からだったのでその前に北京大学の中を散策してみた。未名湖に行ってみると、涼やかな風が頬を撫でた。自然豊かな心地いい場所だ。今後の散歩コースにしよう。
授業時間が近くなり、教室に向かう。広い教室に人が溢れかえっている。北京大学での最初の対面授業にやっとキャンパスライフが始まるという感動を覚える。

キャンパスライフが始まって一週間ほどは寮生活の物品を買いそろえたり、対面授業に慣れるように頑張ったりであたふたしていたが、慣れてしまえば単調なもので、いつの間にか日が過ぎていく。
北京大学の勉強はなかなか忙しく、授業の予習復習、課題にはかなり時間を要した。その忙しい生活に、友人たちとの時間は彩を添えた。香港大学から元培学院に交換留学できている女子たちとはとても気が合い、デリバリーのケーキを一緒に頬張りながら恋バナをしたこともあった。馬術が好きな友人にも出会うことができ、何度かともに乗馬に赴いた。(9月ぶりの乗馬だったので体がなまっているのがよくわかる)

時は流れ、11月には北京大学が秋の色に染まった。夏さんは学生のカメラマンを雇ってキャンパスで写真を撮っていた。楽しそうだったので私も見学がてらついていってスマホで写真を撮ってあげた。
夏さんを撮るのも楽しかったが、自分の写真も欲しかったので、また芸術撮影に出かけた。馬との撮影を選んだのは馬好きの性なのだろう。
そうこうしているうちに11月後半になったが、コロナ感染者が1名出たのを機に、北京大学の学校閉鎖が始まった。キャンパスの出入りがほぼできなくなり、授業は全面オンラインになった。
しばらくは様子見をしていたが、北京大学はこの学期は最後までオンライン授業にすることを発表した。大学に留まる意味がなくなり、学生の多くが帰省を考え始めた。私たち交換留学生の三人も日本に戻ることを検討し始めた。三人でよく相談し、日本に戻ることが決まってからは早かった。友人たちとお別れのご飯を食べ、荷物の整理をした。

123
北京を去る日。荷物を寮の部屋から引っ張り出す。元培寮、お世話になりました。

朝日に照らされる道を眺める。季節はすっかり初秋から冬に変わっている。私たちの北京留学は終わった。
タクシーに乗り北京首都空港に向かう。
飛行機に乗り、北京の地が少しずつ遠ざかるのを感じる。(窓側の席は元は私が座る予定だったが、杜さんに取られたので窓の外の景色を撮影する役目は任せた)窓の外は少しずつ夕暮れに変わっていき、夜となり、日本の夜景が見えてきた。(夜景を撮るように頼むと杜さんはなんとか窓に自分が写らないようにジャンバーを被って頑張ってくれた)
成田空港に到着し、私たちはお別れを言ってそれぞれ帰路についた。長いようで短かった留学生活。意外とあっけなく時間が過ぎていった気もするが、コロナ禍の中で得られた貴重な経験だ。これからの人生の糧になるだろう。

 

報告者:石川禎子(EAAユース)