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2020.12.25

東アジアの文脈において「小国」概念を問い直す

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20201220日、公開シンポジウム”Questioning the Idea of a “Small Nation” in East Asian Contexts”「東アジアの文脈において「小国」概念を問い直す」)がオンラインで開催された。本シンポジウムでは、土屋和代氏(東京大学)による司会のもと、伊達聖伸氏(東京大学)、張政遠氏(東京大学)、スティーブン・ナギ氏(国際基督教大学)がパネリストとして登壇し、傅凱儀氏(専修大学)、張彧暋氏(立命館大学)、サウリウス・ゲニューシャス氏(香港中文大学)がコメンテーターを務めた。以下では本シンポジウムの概要を簡潔に紹介する。

本シンポジウムは、東京大学グローバル・スタディーズ・イニシアティヴ(GSI)のキャラバン研究プロジェクト「「小国」の経験から普遍を問いなおす」の企画である。本プロジェクトは、これまでのグローバル・スタディーズは「大国」の観点を自明視し、西洋近代的な「普遍」を前提としていたのではないかという問題意識をもち、「小国」の観点から「普遍」を問いなおすことを目的としている。本プロジェクトは伊達氏を代表に、張氏、土屋氏のほか、鶴見太郎氏(東京大学)と小川浩之氏(東京大学)も参加している。今回は地域的に東アジアに焦点を当てるということで、EAAとの共同開催となった。

本シンポジウムでは伊達氏が最初に登壇し、「大国志向を持つ小国——日本における世俗的なものと宗教的なもののダイナミクス」と題した報告を行った。この報告の目的は、前近代から現代までの日本の自己認識の変遷を「小国」と「大国」の観点から大局的に描き出すと同時に、その過程で「世俗」と「宗教」の境界がいかに変化したのかを考察することにあった。伊達氏によると、日本の自己認識は「小国」と「大国」の狭間を揺れ動いてきた。戦前戦後を通じて、大国化志向が主流であるなか、石橋湛山による「大日本主義の幻想」など、小国主義の立場からの批判の系譜も存在してきた。

また、「世俗」と「宗教」の境界も歴史とともに変化してきた。伊達氏が強調したのは儒教の位置づけの変化である。実際、江戸期に「三教」と言えば、神道、仏教、儒教を指したが、明治後期にはこの言葉は神道、仏教、キリスト教を指すことになった。これは、儒教が近代化とともに「世俗」に取り込まれたことを示唆している。近年の日本研究では近代日本の世俗性を「神道的世俗」(ジェイソン・ジョセフソン氏)とする見方が示されているが、伊達氏は小島毅氏や那覇潤氏の研究に言及しながら、儒教の位置づけの変化をみると日本の近代化は「儒教化」あるいは「中国化」とも言えるという見通しを示した。

二番目に登壇した張氏は、「1949年以後の香港哲学——唐君毅、勞思光、張燦輝」と題した報告を行った。この報告の目的は、戦後の香港を代表する三人の哲学者を取り上げ、それぞれの思想は同時代の社会状況に対する実存的問題意識に支えられている事実を示すことにあった。報告の起点となる1949年は、中華人民共和国が成立し、数多くの中国人が香港に亡命した年である。唐と勞は1949年に本土から亡命し、後の香港哲学を牽引した人物であり、1949年生まれの張氏は、香港で生まれ育った哲学者の第一世代にあたる(以下では混同を避けるため、張政遠氏に言及する場合は「登壇者の張氏」、張燦輝氏に言及する場合はたんに「張氏」と表記する)。

唐の思想を支えたのは、中国文化の伝統をいかに保持するかという問題意識である。唐によれば、本土で失われた中国文化は、周縁部の香港でこそ再び開花しうる。近代化と伝統の両立を目指す唐は、日本の近代化にモデルを見出していた。勞が目指したのは、伝統主義と反伝統主義の対立を克服しながら「文化哲学」を構築することである。勞は、客観的な「文化現象」と実存的な「文化精神」を区別したほか、西洋化の時代に中国精神を保持するには革新的な「創生」モデルではなく日本流の「模倣」モデルが相応しいと考えていた。

唐と勞の哲学が文化を焦点化したのに対して、張氏の哲学は生、死、愛、欲望に広がっており、香港に関する思想はユートピアの問題系で展開されている。登壇者の張氏が強調したのは、張氏の思想が理論だけでなく実践の射程も有していることである。実際、張氏は民主派の論客として2014年の雨傘運動にユートピアを見出したが、2019年以後の現状については香港の実存的危機として警鐘を鳴らしている。登壇者の張氏によれば、香港哲学はこのように「生きるか死ぬか、それが問題だ」という実存的問題意識に支えられてきたという。

最後に登壇したナギ氏は、「日本の香港問題、香港の未来、「中国の夢」」と題した報告を行った。この報告の目的は、近年の中国による香港への積極的な介入政策が日本にもたらす影響を明らかにすることにあった。ナギ氏によると、香港は多くの在留日本人や日系企業を抱え、日本と中国本土の架け橋として機能してきた。それゆえ香港情勢の不安定化は、中国との国交面だけでなく経済面でも日本に影響を及ぼす可能性がある。また、香港を逃れた在留日本人や香港人の急激な受け入れは、日本の教育や福祉を圧迫しかねないという。

また、中国は香港の民主化運動に関する誤情報を国内で流通させて香港のイメージを低下させている。中国人観光客を減少させ、香港経済に打撃を与えるためである。ナギ氏によると、同様の情報操作の矛先が日本に向かない保証はない。近年、中国人は訪日観光客の多くを占めるが、日中関係が悪化すれば、中国は同様の情報操作を日本に関しても行い、日本の観光業に打撃を与えようとする可能性がある。香港は中国の拡張的な対外政策の最初の犠牲者、「炭鉱のカナリア」の役目を押し付けられているという見方をナギ氏は示した。

登壇者らの報告後には、フロアからコメントや質問が寄せられた。例えば、イギリスの国際関係史を専門とする小川氏は、西洋諸国と中国の関係が悪化するなか、西洋諸国と比較的良好な関係にある香港の国際的存在感はどのように変化しているのかという質問を投げかけた。また、ロシアのユダヤ史を専門とする鶴見氏は、「ディアスポラ」の観点からは、香港人の状況はユダヤ人だけでなくパレスチナ人の状況とも比較して考えられるのではいかと指摘した。以上、2020年12月20日のシンポジウムでは、「小国」と「大国」という観点から、日本と香港の歴史、宗教、哲学、国際関係が幅広く議論された。

報告者:田中浩喜(東京大学大学院博士課程)