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2022.03.03

【報告】EAA ONLINE WORKSHOP
⼥性のいない⺠主主義と「K-フェミニズム」⽂学の越境ーー⽇本における『82年⽣まれ、キム・ジヨン』の翻訳受容現象を中⼼に

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 2022217日、EAAオンラインワークショップ「⼥性のいない⺠主主義と「K-フェミニズム」⽂学の越境――⽇本における『82年⽣まれ、キム・ジヨン』の翻訳受容現象を中⼼に」が開催された。現代社会における重要なテーマの一つであるジェンダーイシューについてEAAとしてどのように考えることができるのか、その問いを問うための糸口を模索するために企画された。第一弾として、金志映(キム・ジヨン、淑明女子大学校)氏と高榮蘭(コウ・ヨンラン、日本大学)氏をお招きし、表題の現象を考える時間を持った。

 

 

 まず、金志映氏による講演が行われた。「女性のいない民主主義」と指摘されてきた日本政治・社会に対して、金氏はその現状を紹介した。政治領域において政治家や高級官僚のうち女性の占める比率が極端に低い(2021年衆議院選挙結果、女性議員の割合は9.%、「クリティカル・マス」と言われている30%をはるかに下回っている)ことから政治権力が男性に極度に集中している現象や、社会領域において#KuToo運動やフラワーデモ、男女共同参画推進などが行われているにもかかわらず、メディアによる報道不足や右派によるバックラッシュなどでその力が分散されている現状などが挙げられた。

 こうした現象を背景にして、金氏が注目したのは『82年生まれ、キム・ジヨン』のベストセラー化と雑誌『文藝』「韓国・フェミニズム・日本」特集号が増刷されたことである。政治・社会において行き詰まっているように見えたジェンダーイシューが文学しかも翻訳文学という窓口を借りて噴出しているのではないか、と指摘された。こうしたブームの要因は出版業界のロジックなどでも説明できるが、金氏は「日常の言葉で女性の生きづらさや違和感を表現する」文学の言葉への「共感」が、政治・社会現象として見えにくかったジェンダーイシューへの再認識のツールとして働くことに繋がったのではないかと論じた(本作品の読者の反応として「韓国女性は怒り、日本女性は泣く」といったように、「共感」の表れが日韓で異なることも印象深かった)。しかも、それは韓国小説の翻訳を通して行われたことが興味深い。そこで金氏は翻訳文学の位置付けや役割の拡大が見られると指摘した。

 こうした議論は、「K-文学/フェミニズム」をキーワードとして日韓の「連帯」や「平凡」な女性たちの「共感」を育み、日本の民主主義やその議論において新たな示唆と推進力を与えるのではないかと、金氏は結論づけた。

 

 

 日本の民主主義論からフェミニズム運動、そのバックラッシュ、文学、翻訳文学、日韓比較まで幅広い濃密な議論を受けた後、高榮蘭氏による討論が行われた。高氏は、『82年生まれ、キム・ジヨン』のベストセラー化に代表されるブームの中で下手すると見逃してしまう領域が生じうると、虚を衝く問いを投げかけた。『82年生まれ、キム・ジヨン』に共感する「普通」の女性に属さない人たち、日本に浮き彫りになっている女性による右派運動、外国人差別問題など、ブームという光が明るくなるにつれて、こうした領域に暗闇がより落とされるのではないかと、高氏は指摘したのである。これは結局のところ、「居心地のよい(?)フェミニズム」をもたらしかねないとの示唆である。

 

 

 密度のある講演と討論で予定した時間は超過し、より多くの方々を巻き込む議論はできなかったが、報告者自身を含め、参加された多くの方々がそれぞれの問いを持ち帰ることができたのではないかと思われる有益な時間であった。

 

 

参考文献

김지영(金志映)「혐오시대의 번역문학 : 일본이 읽는 ‘K-문학’에 관한 단상(ヘイト時代における翻訳文学――日本人が読む「K文学」に関する断想)」『문학인(文学人)』2022年

高榮蘭「《小特集 ナショナリズムの現在》文学の路上を生きる――在留資格から考える「日本語文学」という落とし穴――」『日本近代文学』第105集、2021

前田健太郎『女性のいない民主主義』岩波新書、2019

申瑣榮「書評:前田健太郎『女性のいない民主主義』(岩波新書、2019年)」『年報政治学2020-I』日本政治学会編、2020

山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い―フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』勁草書房、2012

鈴木彩加『女性たちの保守運動―右傾化する日本社会のジェンダー』人文書院、2019

 

報告者:具裕珍(EAA特任助教)