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2022.12.07

【報告】第3回EAA研究会「東アジアと仏教」

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2022年11月26日(土)日本時間15時より、第3回EAA研究会「東アジアと仏教」を開催した。この研究会は、人と仏教の交錯から東アジアの歴史や文化、思想、芸術などを照らし出そうとする試みである。第3回となる今回は釈道礼(倪管嬣)氏(台湾大学博士候選人)に、「「護国」の理念と近代の日中仏教:井上円了・梁啓超・蔡元培を中心に」と題する研究発表をしていただいた。コメンテーターに一色大悟氏(東京大学助教)、小河寛和氏(大谷大学非常勤講師)をお招きし、柳幹康が司会・通訳を担当した。

 

 

釈氏は井上円了・梁啓超・蔡元培の三人に焦点を絞り、近代国家への対応を目指し19世紀の日本・中国でなされた仏教の「護国」を巡る議論の変遷を紹介してくださった。井上は浄土真宗出身の啓蒙思想家であり、東洋・日本の精神的支柱として仏教を評価し、哲学により仏教を改良・最高して護国を実現するべきだと説いた。この日本の井上の説を承けつつ新たな議論を展開したのが、中国の梁と蔡である。中国近代化を促す啓蒙活動に尽力した梁は、日本で井上と交流した経験があり、西洋哲学のカントに勝る仏教の長所を「大我」に求めた。カントは個人の問題に終始するのに対し、仏教は個人と社会の関係を重んじるので、国家に資すると論じたのである。それに対し教育に尽力した蔡は井上の著作を翻訳した人物で、哲学と仏教を合わせ論じる井上の説を承けつつ、仏教と中国思想を比較分析し、君主専制を乗り越え民主・自由を実現すべきだと説いた。蔡によれば仏教は、民権により護国を実現できるものなのだという。

 

 

以上の発表に対し、一色・小河両氏よりコメントをいただいた。一色氏は井上が日本において近代仏教学の祖に近い扱いをされるほど重要な人物であることを指摘したうえで、次のような質問を呈された。日本では第二次世界大戦後に仏教の戦争協力が反省され、仏教により個人と社会を結ぶ往時の護国論は今日忌避されているが、自ずと異なる道を歩んだ中国において仏教護国論はいかなる評価を受けているのか。それに続いて小河氏は、朝鮮仏教においても護国が強調されたこと、その際朝鮮では思想よりも歴史が注目される傾向にあることを紹介したうえで、中国でも歴史に軸足をおいた護国論があるのかどうか、また出家者に対してどのような役割が求められていたのかという二つの質問を示された。

これらの質問に対し釈氏は、民国期に仏教による護国を唱えた太虚や今日台湾で「人間仏教」を強調している仏光山などを例に挙げつつ、ご自身の見解を述べられた。またフロアからは小川隆氏(駒澤大学教授)より梁・蔡を引き付けた井上の独自性や清末民初における禅宗の立ち位置について質問がなされ、議論がより一層深められた。

従来の秩序が崩れるなか日本・中国で当時為された仏教の再評価および思想の再構築の試みは、その歴史的限界や失敗も含め、新たな激動・変革期を迎えている今日においてもなお参照すべき含蓄あるものとなっているように感じた。

 

報告者:柳 幹康(東洋文化研究所)