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2023.12.04

【報告】世界哲学とイスラーム

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2023105日、東京大学東洋文化研究所にて「世界哲学とイスラーム」と題されたワークショップが開催された。久しぶりの対面のみ・オンライン併用無しのイベントとして挙行したが、森本一夫氏(東京大学)をはじめ、イスラーム研究をご専門とする20余名のオーディエンスに恵まれた。登壇者は小村優太氏(早稲田大学、ご発表タイトルは「文明のアマルガムとしてのアラビア哲学」)と法貴遊氏(京都大学、ご発表タイトルは「イスラーム哲学/アラビア語哲学とユダヤ哲学/ヘブライ語哲学」)であった。司会は中島隆博氏(東京大学)が務めた。

以下、ご発表者の先生方に当日の内容を執筆頂いたので、掲載いたします。

 

 

 

小村優太氏「文明のアマルガムとしてのアラビア哲学」

小村優太氏(早稲田大学)

この発表では、世界哲学という観点から、アラビア哲学およびイスラーム思想と他の文明との交流について述べた。イスラームはもともと無人の荒野に突如現れた宗教ではなく、後期古代のさまざまな文明、宗教の交流という前提条件のもとに生まれた。コーランのアラビア語について、当時のアラブ人部族のあいだの共通語(コイネー)として使用されていた言語が基になっているという研究も存在する。当初シリア地域のキリスト教徒たちはイスラームを独立した宗教と見なしていなかった。当のムスリムのあいだでも、ユダヤ教やキリスト教と異なる独自の宗教という自己意識が強固になったのは、ウマイヤ朝カリフ、アブドゥルマリク(在位685-705)の頃であろう。

イスラームに最初に生じた、神学と呼べる運動はカダル派であり、彼らは人間の自由意志と責任を主張したが、ウマイヤ朝の政争に巻き込まれ、消滅してしまった。アッバース朝になると、ギリシア語からアラビア語への翻訳運動が生じ、様々な哲学文献もアラビア語に翻訳された。キンディー(870以降歿)はイスラームのうちに、この外来の思想を取り入れようと苦心した。ここで生じた哲学をどう呼ぶかという問題であるが、13世紀以前であれば、哲学の担い手は多様であり、言語のみがその紐帯として成立し得た。そのため、前期においては「アラビア哲学」と呼ぶのが良い。ただし、13世紀以降になると、この地域のイスラーム化が進み、またペルシア語、トルコ語での執筆も増えてきたため、「イスラーム哲学」と呼ぶのが良いだろう。両者の分水嶺をどこに置くかは議論があるが、ファフルッディーン・ラーズィー(1210歿)がひとつの有力候補である。その後アラビア哲学は12世紀以降ラテン語へと翻訳されてゆく。また東に目を向けると、ムガール朝期にはイスラーム思想が移入された。

アラビア哲学が後世に残したものとして代表的なものを挙げる:(1)存在と本質の区別。(2)存在者の探究。(3)プラトン主義とアリストテレス主義の融合。(4)自然学の発達。以上の要素は後期古代のアレクサンドリア学派においてすでに達成していたものもあるが、アラビア哲学の大きな特徴と言っても良いだろう。またアラビア哲学に決定的な特徴として、その普遍主義への傾向がある。当時のムスリムからは、ギリシア論理学はたんなるギリシア語文法学に過ぎず、アラビア語文法学を学ぶべしという意見があった。しかし哲学者たちは自然言語を超えた、普遍的な概念による思考を目指していた。

以上が発表の概要である。以上にかんして、おもに翻訳と普遍についての質問が生じた。普遍を志向しながら自然言語を使用せざるを得なかった当時のアラビア哲学者たちは、その意味では自然言語の呪縛を逃れることは不可能であっただろう。もし当時、現代の記号論理学のようなものがあれば彼らは喜んで飛びついたのではないかと思われる。

 

報告者:小村優太(早稲田大学)

 

法貴遊氏「イスラーム哲学/アラビア語哲学とユダヤ哲学/ヘブライ語哲学」

法貴遊氏(京都大学)

この発表は以下の4つのテーマを含む:110世紀までの古典言語諸学の中でアラビア語はいかなる言語として把握されたのか、2)この言語把握を背景としてファーラービー(d. 950)は哲学言語がいかに生成したと考えたのか、3)アラビア語言語諸学の影響を受けたユダヤ人がヘブライ語諸学を開始したときに直面した問題とは何だったのか、4)このヘブライ語諸学の問題とファーラービーの言語哲学の問題を引き継いだマイモニデスは、言語と哲学をどのように論じたのか。

1)古典アラビア語の言語諸学に共通して見られる特徴は、多数者の存在だ。文法学、辞書学、法学などの諸々の領域において、実際にアラビア語を話し、その語りを他者に語り継ぐ多数者が学の開始点にいる。神秘家ないし哲学者が自らの体験ないし概念を言語化するためには、この多数者が語り継ぐ言語の保守性を背景に、そこから独自の専門用語を獲得せねばならない。

2)ファーラービーが取り組まねばならなかった問題は、この多数者の保守的な言語から哲学者の専門用語が生成するプロセスだ。彼は言語共同体という単位を設定し、弁論術や詩学など多数者が参与する言語実践が歴史諸学によって継承され、弁証術や論証に発展するプロセスを構想した。多数者の言語からこのような哲学者の言語が生成すると、哲学者が把握した概念を多数者の言語で語る言説形態、すなわち宗教が誕生する。そして哲学と宗教が他の言語共同体に翻訳される方法が論じられる。ファーラービーの著作から「世界」なる開かれが垣間見られるとしたら、この瞬間だ。

3)前述したアラビア語諸学の影響を受け、ヘブライ語諸学が開始された。しかし、アラビア語と比べてデータ数が少ないヘブライ語の語彙数は少なく、文法規則も不明瞭な点を残していた。

4)マイモニデスは、このような問題を抱えたヘブライ語を、禁欲的な生活規範や神を記述するために最適な言語として積極的に評価した。アラビア語が多数者の俗なる言語から発展したならば、ヘブライ語は原初から形而上学言語であった。マイモニデスはファーラービーの言語の歴史のプロセスを逆から辿る。逆から辿るということは、神的な言語が多数者の言語実践に汚染され、YHWHという神の固有名がその他多数の単語の結合に分解されたことを意味する。マイモニデスがファーラービーの「世界哲学」プログラムから借用した概念群を用いてユダヤ共同体の言語史を分析したことで提示したのは、1つの権威の崩壊と新たな権威の模索である。

イスラームとユダヤにおいて、言語の起源は原初の命名という出来事に求められるという思想に言及したが、この点について、原初の命名よりもその後の人々による命名の反復――最初の命名の歴史を引き継ぎつつ新たに繰り返される命名――の重要度が増すのではないかという質問を頂いた。それに対し発表者は、ユダヤとイスラームの各々の聖典において原初の命名が明記されていることの重要性を指摘した。加えて、ファーラービーにおいて命名の反復とは、特殊な学術集団内で通用する専門用語の設定という状況を念頭に置いていることを指摘した。

 

報告者:法貴遊(京都大学)