ブログ
2026.02.18

【報告】UIA研討会「中国禅研究之前沿」

2025年2月8日に東京大学東洋文化研究所にて、「中国禅研究之前沿」(中国禅研究のフロンティア)をテーマとするUIAシンポジウムが開催された。本シンポジウムは、中国禅宗研究の最前線で活躍している世界各地の研究者を招き、その研究の手法と成果について共有・議論することを目的としている。使用言語は中国語で、対面形式により実施された。7名の研究者により発表がなされ、それをもとに活発な議論が交わされた。当日の参加者数は計16名にのぼった。

最初、柳幹康氏(東京大学)による開会挨拶では、まずUIAの活動紹介が行われた。氏は、世界各地から禅宗研究者が集う本研究会の趣旨を説明し、国境や世代を超えた学術交流がもたらす意義について強調した。

続く第一セッションでは二つの発表が行われた。

黄庭碩氏(中央研究院)は「禪宗「行脚」文化的形成與奠定(禅宗「行」文化の形成と奠定)」というタイトルで発表を行い、禅宗の「行脚」の変遷を分析した。八世紀の馬祖・石頭の広範囲にわたる移動を経て、晩唐から五代にかけて新南宗が隆盛するとともに、長距離かつ多数の祖師を歴訪する行脚文化が定着した流れを論じた。

次にLaurent Van Cutsem氏(ゲント大学)は「駒澤大學圖書館藏《景德傳燈鈔錄》中之《寶林傳》引文研究(駒沢大学図書館蔵『景德傳燈鈔錄』の『宝林伝』引文研究)」というタイトルで発表を行い、室町時代の写本と金蔵本に含まれる『宝林伝』の引用――特に過去七仏――の比較を通じ、逸失した巻目の内容を補完する極めて高い価値を有することを実証した。

続く第二セッションでは三つの発表が行われた。

Jason Protass氏(ブラウン大学)は「GIS與禪宗地理:以雲門宗為例(GISと禅宗地理:雲門宗を例に)」」というタイトルで発表を行い、地理情報システム(GIS)を用いた宗派勢力の分析手法を提示した。氏は靖康の変という政治的転換が雲門宗の衰退に与えた影響を可視化した。地理的な点線型態や密度を分析することで、南宋期における宗派の分化と経済的基盤の変容を考察した。

次に商海鋒氏(香港教育大学)は「雪山成道:宗教療癒與蘇軾元豐五年的雪世界(雪山成道:宗教的癒やしと蘇軾元豊五年の雪世界)」というタイトルで発表を行い、蘇軾の別称「雪堂」と禅宗思想の関連を考察した。氏は、蘇軾が愛読した『大般涅槃経』の雪山成道説話に着目し、元豊五年の悟り体験が彼の文学創作や建築にどのように反映されたかを論じた。

その後、柳幹康氏(東京大学)は「禪宗歷史觀的變遷與確立:從《祖堂集》、五燈至《五燈會元》(禅宗歴史観の変遷と確立:『祖堂集』、五灯から『五灯会元』まで)」というタイトルで発表を行い、禅宗史籍の展開を概括した。氏は、初期の『祖堂集』から『景徳伝灯録』を経て『五灯会元』に至る過程で、いかに「五家七宗」という枠組みが体系化され、禅宗独自の史観が確立されたことを明らかにした。

続く第三セッションでは二つの発表が行われた。

張超氏(高等研究実習院)は「宋元禪宗史籍的文體學考察:以文人史籍模傲物為中心(宋元禅宗史籍の文体学的考察:文人史籍の模倣物を中心に)」というタイトルで発表を行い、宋代の記録熱や印刷術の発展が仏教史学に与えた影響を分析した。氏は『宗門武庫』等の記述を例に、僧宝伝体や史料筆記体といった新文体の成立について論じた。

次に簡凱廷氏(臺灣大学)は「〈真光院悅峰老人開基預囑規約〉研究(『真光院悦峰老人開基予嘱規約』研究)」というタイトルで発表を行い、杭州出身の黄檗僧・悦峰道章が近世の日中交流で果たした役割を考察した。氏は、柳沢吉保ゆかりの真光院に残る寺院史料を調査し、後継者の管理や悪僧の排除、葬儀儀礼に関する具体的な規約内容を分析した。

最後の総合討論では、各発表の内容を踏まえた質疑応答が行われた。特に、GIS分析における地理情報の利用限界や、雲門宗から臨済宗への転換過程、さらには史籍編纂における文体選択の意図について活発な議論が交わされた。本研究会は、文献学、思想史、デジタル・ヒューマニティーズ等の多角的な手法を通じ、禅宗史研究に新たな視座を提示し、盛況のうちに幕を閉じた。

報告者は明清仏教研究を志す台湾出身の博士生であり、本シンポジウムにおける諸氏の報告を通じて、デジタル人文学・文献学・文体学、あるいは禅宗灯録の構成や史観といった多様な分野について学ばせていただいた。特に印象深かったのは、禅宗の史観やデジタル人文学の知見に見られる禅宗史の展開である。唐五代以降の教団における影響範囲の推移や、灯録における材料の排列順序などを通じ、思想史・文献学・GISといった多角的な視点から禅宗史を垣間見られたことは、報告者にとって大きな衝撃であった。そこには、禅宗が時代や行者に応じて多面的な変容を遂げてきた実態が描き出されていた。明末清初の仏教思想を今後の研究課題としている報告者にとって、本会議での知見は、仏教をより客観的な歴史的文脈の中で再考するための大きな啓発を受ける貴重な機会となった。

報告者:黄祖恩 (東京大学大学院博士課程)