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2026.03.16

【報告】UIA THE LECTURE 第8回

2026年3月11日(水)16時より、東京大学東洋文化研究所第一会議室において、UIA THE
LECTURE 第8回が開催された。本レクチャーシリーズでは毎回、世界の第一線で活躍す
る研究者を招き、最新の研究成果について講演していただいている。今回は、Albert
Welter 氏(University of Arizona)による「禅学の探究:鎌倉における明庵栄西の仏教復興
に関する新視点」と題する講演が行われた。司会は柳幹康氏(東京大学東洋文化研究所准
教授)が務めた。当日の参加者は8名であった。

 

 

Welter氏は、中国仏教、とりわけ禅宗研究で知られる研究者であり、永明延寿や臨済宗、
禅宗史書などに関する多数の研究業績を有する。また近年は、日本禅宗の初祖とされる明
庵栄西に関する研究にも取り組んでいる。

 

 

講演は、栄西と近代禅研究の枠組みとの関係を問い直す問題提起から始まった。
まず、近代の仏教学は、仏教を科学的・合理的な思想として理解し、儀礼や迷信的要素を
排除しようとする傾向を強く持っていた。そこには、西洋プロテスタンティズムの影響が
大きく関わっていた。すなわち、聖書を通して神と直接向き合うという思想に基づき、「
テキスト中心主義」や「儀礼への懐疑」といった姿勢が形成されたのである。その結果、
歴史上の仏陀の言葉を最も純粋に伝えると考えられたパーリ仏典こそが真の仏教であると
され、さまざまな要素が混淆した大乗仏教は「純粋な仏教」から逸脱したものとみなされ
る傾向が生まれた。
このような近代仏教学のパラダイムは、現在においても完全に消えたわけではない。海外
のある著名大学の仏教学研究が依然として南伝仏教を重視していることや、中国の著名な
寺院である霊隠寺がスリランカ仏教との関係を結んでいることなどは、その影響の一端を
示す例として紹介された。
さらに、近代仏教学において南伝仏教が重視された背景として、南伝仏教の中心地である
スリランカがイギリスの植民地であったため、英語による情報発信が大乗仏教圏よりも早
く進んだ可能性があるという補足もあった。この指摘は興味深い示唆を与えるものであっ
た。
こうした「純粋な南伝仏教」と「混淆した大乗仏教」という図式から大乗仏教や禅仏教を
解放する契機となったのが、鈴木大拙の登場である。鈴木大拙は、仏教の本質はテキスト
の中の歴史的人物としての釈迦ではなく、「悟りの体験」にあると主張した。禅宗が掲げ
る「教外別伝・不立文字」という理念を前面に押し出し、仏教を哲学的・心理学的に解釈
することで西洋の知識人に強い影響を与えたのである。
しかし、講演の核心は、まさにこの鈴木の禅理解が栄西を理解するうえでむしろ障害とな
り得るという点にあった。栄西は日本禅宗の初祖として語られることが多いものの、彼の
活動を鈴木大拙の提示した哲学的・心理学的な禅の枠組みで理解することはできない。近
代の在家知識人として、禅を思想的に紹介した鈴木大拙の立場とは異なり、栄西は鎌倉時
代の僧侶として寺院を建立し、朝廷や武士階級に対して鎮護国家の仏教を提唱するなど、
きわめて実践的かつ制度的な活動を展開した人物であった。
続いて、栄西の実像についての検討が行われた。これは近年の学界で注目されている問題
にもつながる。栄西は従来、日本禅宗、とりわけ臨済宗の初祖として位置づけられてきた
。しかし、現存する史料やその行跡を検討すると、彼を明確に臨済宗の禅僧と断定できる
根拠は必ずしも十分ではない。むしろ、戒律を重視する天台密教系の学僧としての側面が
強く認められることが指摘され、従来の栄西像には再検討の余地があることが示されてい
る。(詳しくは、東アジア仏典講読会のメンバーである佐久間祐惟氏の近著『虎関師錬の

禅思想の研究』第4章「虎関師錬に至る禅宗史」を参照されたい。)
Welter氏は、道元との関係という観点から栄西を捉え直す可能性について論じた。そこで
注目されるのが、栄西が宋から帰国した後、日本で最初に建立した禅寺である千光寺
(1192年)である。この寺院はのちに曹洞宗の寺院となり、現在では栄西と道元がともに
祀られている。これは、臨済宗と曹洞宗の系譜を統合しようとした曹洞宗の僧、黙巖為契
(?-1522 )によるものであるという。その背景には、栄西―明全―道元という系譜の再構
成が想定されている。明全は建仁寺において栄西に師事しており、同時に道元の師でもあ
った。明全を媒介として、道元を栄西の「孫弟子」と位置づけることで、臨済宗と曹洞宗
の系譜を統合的に理解しようとする意図があったと考えられる。
講演の結論として、栄西は近代的な哲学的禅の枠組みにも、また単純に臨済宗の初祖とい
う枠組みにも収まりきらない、多面的なアイデンティティを持つ人物として再検討される
べきであることが強調された。
講演後の質疑応答では、鈴木大拙の著作に悟りの具体的な方法がほとんど論じられていな
い理由、栄西像の形成に大きな影響を与えた虎関師錬の『元亨釈書』 の史料的信頼性、栄
西の行跡を示す史料の不足、純(粋)禅と兼修禅の問題など、多くの論点について活発な
議論が交わされた。
報告者自身、近代仏教学の視点には以前から関心を持っていたため、西洋プロテスタンテ
ィズムの影響のもと形成された南伝仏教対大乗仏教というパラダイムをめぐる議論は、と
りわけ興味深く感じられた。
これから百年後の仏教学者は、近代仏教学が追求してきた「純粋な仏教」という理念その
ものを、仏教と西洋近代思想との一種の習合として捉えるのかもしれない。講演の中で
Welter氏は、「どのような禅であれ、それは兼修禅である」と述べていたが、以前耳にし
た「すべての仏教は習合仏教である」という言葉も思い出された。兼修や習合は、果たし
て「混淆」や「汚染」として理解されるべきものなのか。それとも、多様な要素が織り成
す豊かな「華の荘厳」として見るべきものなのか。この問題は、モダニズム的な純粋性の
追求から、より複層的な視点へと向かうポストモダニズム的転換点を示しているようにも
思われる。さらにこの議論を一歩進めるならば、次の問いにも向き合わなければならない
だろう。すなわち、純粋という中心が解体された現在、仏教学はどのような方向へ進むべ
きなのか、という問いである。
最後に付け加えるならば、仏教学もまた現代の学問一般の流れの中に位置づけられるのか
もしれない。近代仏教学は、伝統仏教を参照しつつ一定の「中心」を構築することで仏教
理解を組み立ててきた(モダニズム)。しかしその理解は、現代の研究者による精緻な史
料検証によって必ずしも自明ではないことが明らかにされ、批判的に再検討されてきた(
ポストモダニズムにおける中心の解体)。さらに現在では、そうした伝統的理解がいかに
して形成されたのかという歴史的背景や知的文脈そのものを問い直し、近代仏教学が構築
した「中心」の意義を再評価しようとする研究も進みつつある。栄西研究の動向もまた、
このような研究史的流れの中に位置づけられるように思われる。

 

報告者:宋東奎(EAAリサーチ・アシスタント)