日時:2026年4月20日(月)12:10-13:00
場所:駒場キャンパス101号館11号室(学内限定)
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発表者: 齋藤 希史 (大学院人文社会系研究科教授)
司会 : 岩月 純一 (大学院総合文化研究科教授)
1875年から77年にかけて漢詩文を掲載する定期刊行物が日本で陸続と登場した。『新文詩』(森春濤、1875年7月)や『明治詩文』(佐田白茅、1876年12月)などは漢詩文を主とし、『東京新誌』(服部撫松、1876年4月)や『花月新誌』(成島柳北、1877年1月)などは漢文戯作や和文および近代訓読体、『東洋新報』(岡本監輔、1876年7月)は日本の新聞記事を漢文に訳し併せて詩文を掲載し、小学生向けの投稿雑誌『穎才新誌』(陽其二、1877年3月)にも漢詩文が載せられた。そしてそれは近代東アジアにおける読み書きの大きな実験場だった。その時、何が起きていたのか、考えてみたい。
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