イベント

第13回 藝文学研究会

【日時】
2023年8月29日(火)15:00〜16:30

【開催形式】
オンライン(一部対面)/Zoom(参加ご希望の方はこちらよりご登録をお願いいたします。)
EAAメンバーのみ東京大学東洋文化研究所より参加するハイブリッド形式での開催となります。

【言語】
日本語

【発題者】
丁乙(東洋文化研究所・EAA特任研究員)

【発表タイトル】
王国維『人間詞話』の成立条件:「情」による人間のあり方

【発表概要】
   本論は、王国維(1877-1927)の『人間詞話』(1908-09)という近代中国最初期の美学書に注目することによって、洋の東西を問わず、人間のあり方の一解答を検討する。それは王国維の視野ではおそらく、「愛すべき」(中国語「可愛」)ものと「信ずべき」(「可信」)ものを両立させうる、「情」に立脚しながらも一種の普遍妥当性を有するような理想的なあり方である、とまとめられる。本論ではとりわけ『人間詞話』の成立背景に注目し、それを考察していく。
 具体的にはまず、王国維にとっての「人間(ジンカン・ニンゲン)」の意味を確認する。彼はこの世から距離を取りたいが、ショーペンハウアー思想から受け、(例えばハイデガーのように)対象に対して「無頓着〔冷淡〕(Gleichgueltigkeit)」で「われわれの意志を何らさしはさまない」のではなく、むしろ対象との積極的な関係を重視する立場をとる(以上第一節)。「人生の問題が、日々私の前を往復したため」(「自序」一)、王国維は哲学探索を始めたが、その内部での愛すべきものと信ずべきものの分裂に失望し、文学批評に転じた。その心境転換を、ロゴスとパトスの間で引き裂かれていると彼は感じており、それによって両者の対立が及ばない領域を求め、文学に惹かれていったと私は再解釈する。そこで誕生した『人間詞話』は、人生の問題について、知性ではなく感情のほうによって答えを探求した営みと考えられる(以上第二節)。さらに、『人間詞話』に見られる模索は結果的に「感情」に収まらず、中国の思想的伝統におけるより広義的な「情」につながるものである。ここでいう「情」は、主体の感情や情念のほか、「事物のあり方を他の事物との関係性・反応性において規定する」ことを反映する「人間の本質的なあり方」を意味する。その意味の重層性は、王国維の戴震(1724-77)批評、もしくは『人間詞話』テクストを通して、知性へ導きうることないし他者への伝達可能性が明示されている(以上第三節)。
 詞は日本では未だ馴染みの薄い文学様式であり、それは絶句や律詩などいわゆる「近体詩」の延長線上に発展し、宋代に至って大いに流行していったもので、美女や宴会を扱うのが基本である。ゆえに、(唐代以降)士大夫たることを証するに必要不可欠であった詩と異なり、中国でもマイナーなジャンルと考えられていた。20世紀中国美学の起点をなす王国維の詞話により、(近代日本と異なる)中国美学の展開の路線規定がなされた。