【活動報告】第9回学術フロンティア講義 2020年6月12日(金)

6月12日(金)、第9回学術フロンティア講義が行われた。今回の講師は公衆衛生学を専門とする橋本英樹氏(医学系研究科教授)である。「医療・介護の未来」と題された本講義の要点は「言説を読む力」「数字を見抜く力」「有効なsolution spaceを見つける力」についてであった。

東京大学の教育で、前期課程にあたる1、2年生は高度な専門知識を深めるのではなく、多角的な視野から物事を眺め、批判的な思考能力を身に付けることに重点が置かれている。それはあらゆる知的生産の基礎であり、卒業後に様々な分野で活躍する上での基礎であり、そしてより良く生きるための力でもある。これらを説明するべく、橋本氏は高齢化をめぐる日本国内の言説と、昨今の重要課題であるCOVID-19めぐる言説を具体例として挙げた。

日本社会が高齢化していること、これは1つの「事実」として認識されている。しかしそれを推し進めて国全体の社会保障費、とりわけ医療費が増加し続けるという言説はどうか。高齢者が増えるのだから医療費は上がる。このように考えれば妥当かもしれない。しかしデータを詳しく考察するとその実態は異なってくる。第1に、2035年が高齢者人口のピークを迎えるというデータを踏まえるならば、「高齢者の増加によって医療費が増加し続ける」という言説は成り立たない。高齢者の数自体が増加し続けないからである。また政府が出す「社会保障の将来推計」は、医療への設備投資等が年率3%の割合で増加し続けるという見込みを前提としている。しかし実際のところ、設備費の増額は政府の見込みよりも下回ることが多く、毎年同率で増加し続ける状況には至っていない。高齢者はある一定の時期を境に増加しない、そして設備投資費は増加したとしても継続的に大きく増加するわけでもない。このような分析を踏まえるならば、「高齢者の増加によって医療費が増加し続ける」という「事実」は成り立たないのである。また環境や生活習慣の向上によって心臓病等による死者数が減少傾向にあること、後期高齢者に対しては体に負担のかかる高額医療を施さない傾向も強いことからも、その「事実」は実際の数字から逸脱している。橋本氏はこの例によって、既存の言説に惑わされずその根拠となっているデータを分析し読み解く力の必要性を強調した。

 

続いて、昨今の重要問題であるCOVID-19をめぐる言説である。各国の対応等が様々な媒体で報道・考察される中、橋本氏は日本の状況に焦点を当て、日本が感染者を現時点においては低く抑えられている状況を、未だ誰も説明できていないことを強調した。日本と同じく感染者を比較的低く抑えられた東アジア地域の韓国や中国は、各政府による政策的な介入によってある程度説明できるのに対して、自粛要請を基本路線とした日本は、結局明確な対策を打つ前に第一波の収束に向かった。日本人の清潔な生活習慣や民度がこれを成さしめたという言説が時折姿をあらわすが、それが決定的な要因ならば、そもそも4月期の感染者の増大には至っていないと橋本氏は主張する。また、日本特有の保健所のシステムは有効な要素の一つではあったが、4月中旬の感染状況がもう1週間ほど続いていれば、保健所のシステムもパンクし、医療崩壊が起きていたという橋本氏の分析(氏自身が保健所の援助に携わった上での見解)から、これが決定的要因になったとも言えない。医療崩壊を起こさなかったのはある意味で奇跡であり、日本が◯◯によって感染を防いだという「事実」は未だ掴み取られていないのである。「事実」というのはこういった数字を読み解く中でわたしたちが掴み出して初めて現れるものなのだと橋本氏は主張する。

高齢者の医療費、そしてCOVID-19をめぐる言説を例としながら語られたのは、初めに示した「言説を読む力」、「数字を見抜く力」、「有効なsolution spaceを見つける力」という3つの力を持つことの重要性である。情報化社会が進み、日々様々な状況に触れる中で如何にその情報と共存していくか。「言説を読む力」と「数字を見抜く力」は、上に示したように情報を受け取り活用する主体として、それに惑わされず自身の知性で判断していくことの必要性を示している。そしてその上で強調されたのが「有効なsolution spaceを見つける力」である。「solution」と言った場合、そこで喚起されるのは問題に対する1つの解決策というイメージである。しかし上で見られたように、数字は様々な方面から解釈できるものである以上、その数字が示す問題に対する解決策も多様なものとなる。COVID-19の問題が疫学上のものだけではなく、人間関係や社会システムにまで波及しているように、問題自体が本来複雑なものであり、唯一の解決策はありえない。「solution spaceを見つける力」という言葉で橋本氏が強調したのは、様々な問題に対して幾つもの解決策が考えられうるという思考方法や姿勢を持つことであった。

授業内の質疑や授業後のコメントペーパーでは、学生からの多数の声が寄せられた。まず多かったのは、自身がこれまで情報を鵜呑みしがちだったことに対する反省であった。批判的思考が重要であることを知ってはいたが、1つの実践として落とし込めていなかったという率直な思いである。また、物事を考えるときに論理を常に意識する必要があること、これについても今後の大学生活の中で身につけたいという意見が多かった。この議論を踏まえた上で、橋本氏は科学的な語りというものは、ある意味で民主主義を成立させる根本にあると語った。Aがあり、Bがあり、Cがある。ABC間の因果関係は様々な形がありうるが、ある主体が自身の解釈や判断を他者に説明する上で必要な語りは、科学や理系という枠組みにのみ囚われるものではなく、民主主義において他者に主張を伝える方法と極めて近い関係にある。つまり橋本氏が強調した3つの力は、物事を多角的に批判的に捉える能力であり、そして民主主義というシステムを根底から支える力でもあるのだ。今後の大学生活において如何に学んでいくか。その意義や展望について、本講義は非常に心打つものがあった。

報告者:建部良平(EAAリサーチ・アシスタント)

 

リアクションペーパー抜粋

・私も今日まで、公的機関が発出する統計数値がthe factだと思い込み、疑いを持ったり、前提情報を意識することはほとんどありませんでした。また、医学、特に公衆衛生の分野は文理融合であるというお話がとても心に響きました。私は、途上国の教育格差に関心があり、健康と教育の関係に注目しながら、今後学びを深めたいと考えています。そのためには、統計数値を用いて、事象を客観的に判断することが不可欠だと思います。しかし、統計数値を読み取る際にも、その背後にどのような前提条件があるのかに注意する必要があることに気づかされました。私のソルーションスペースをどのようにして広げていけるのか、情報を自ら認定する作業を繰り返して、探求していきたいです。さらに、文理の枠で解決策の可能性を決めるのではなく、幅広い知識の連関を通して、教育に対する課題意識を掘り下げていきます。(文科一類~三類)

・(前略)今回の講義を通して私が問いとして考えたことは、「社会の中にいる個人には、どのような役割があるか」だ。これを個人の目線からアプローチすると、先生も触れられていた「存在論的不安」という話にたどり着くが、私自身は社会全体の目線からもまたアプローチする必要があると考えている。情報の発信者に対して多数の情報の受け手がいる、という社会の基本構造の中で、「情報の受け手がどのような態度で情報と接するか」は常に一つの課題として社会に突き付けられてきたように思える。政府は、情報を渡さないことによる独裁も可能だが、情報を渡すことによる独裁もまた可能である、と私自身は考えた。だからこそ、情報と正しく向き合い事実を掴みだしていく手法としての「科学」を情報の受け手である個人が身に着けていくことで、「民主主義社会」を維持することができるのであろう。しかし、その動きは情報の価値を低下させ、社会全体として決して効率的とは言えない。実際、各個人が事実を掴みだす過程をそれぞれ行う社会では、個人の行動は遅く、社会の進展も緊急事態対策も遅れていくだろう。しかし、だからといって「全てを信じろ」とは言ってしまっては独裁に陥ることは確かだ。そこで、この問いへのアプローチにおいては、「情報の発信者には意図がある」こと、「人間は相互に信頼と疑念を抱き合っている」こと、「現代はインターネットが普及した時代である」ことを念頭に置く必要があると考えた。(後略)(文科一類~三類)