EAAウェビナー「コロナ危機と医療・介護政策過程」

2020年7月30日、EAAウェビナー「コロナ危機と医療・介護政策過程」が開催された。未曽有の感染症拡大を受けて、数多くの意思決定が行われているなか、専門家会議が注目を集めてきた。感染症という非常に専門性の高い分野での政策決定はどのように行われるのか、その政策過程において専門家と政治家の関係はどのようなダイナミックスを持つのか。本ウェビナーでは医療政策をめぐる比較政治を専門とする石垣千秋氏(山梨県立大学准教授)と党政間政策調整の日韓比較を専門とする朴志善氏(岡山大学助教)をお招きし、この問いに対する「知の蓄積」を模索した。

まず、石垣氏は政治学において「専門性」と「専門家」に注目した背景として、ベックが指摘した「新しいリスク」の発生と、それに伴う高度化・専門化した政策の必要性を指摘した。その上で、著書『医療制度改革の比較政治:1990〜2000年代の日・米・英における診療ガイドライン政策』(2017、春風社)で論じられた専門職政治の理論に依拠して、今日のコロナ危機を考える枠組みを提示した。

政策決定に影響を及ぼす三つのIのファクター(Interest, Institution, and Idea)のなか、通常の政治であれば過去の経験をもって多くの政策決定が行われるところ、今日のように不確実性が高い時期には、「ロードマップ」を描ける「アイデア」が政策決定に重要になる、と石垣氏は語る。そうであれば一体、このアイデアはどこから来るのか、誰から学ぶのか。ここでいわゆる「専門家」の存在が重要になってくる。石垣氏はここで「誰が専門家なのか?」を問いかける。毎朝テレビをつけるとワイドショーでいわゆる「専門家」と言われる人々が多く登場しているのは周知の通りであろう。石垣氏はお互いがお互いを専門家と認識できる「小さな固く閉じた専門家集団」、つまり、「認識共同体(Epistemic Community、EC)」の中に固い専門家団体が含まれていることが政策決定の際、もしくはその政策の成功の結果に重要であると論じた。

これに照らし合わせた場合、今日のコロナ感染拡大防止対策はどう評価できるのか。石垣氏は、コロナ危機という前代未聞の時代に政策過程における「専門家」の役割が重要であるのは必然であると指摘した。その上で、日本の対策体制を時系列に沿って主なアクターを中心に概観し、日本版CDC(疾病対策センター)の不在の中、 ECとしての核心たる専門家集団の不在と専門家会議の法的根拠の不在が、石垣氏により指摘された。結論として、石垣氏は、専門家の役割が大きい政治には、政策の前提となる専門的知識を理解できるアクターが限定的であること、政治家の責任が曖昧化すること、それがゆえ、最後に民主主義と相容れないことで、問題が生じかねないとのことで、常に警戒すべきだとした。しかし今日の危機は関連制度を改革できる好機でもあるとした。

石垣氏の報告を受けて、朴氏は韓国の事例をもって政策過程を論じた。朴氏は相対的に感染拡大を抑えていると評価されている韓国において、その防疫政策をめぐる韓国政府の対応システムと様々なアクターを紹介した。韓国では、危機警報段階により、関係省庁や機関が対応をとり、その段階が最高レベルの「4.深刻」になると国務総理が本部長と務める「中央災難安全対策本部」が設置される。今回も最高レベル4で「中央災難安全対策本部」が設置され、対応が行われている。その中で注目を集めるのが「疾病管理本部 (KCDC)」である。2004年に設置されたKCDCは過去の感染症対策をめぐる試行錯誤を重ね、法整備や政策立案、ガイドラインの策定を行なってきた。今現在もCOVID-19に関する検疫対応指針、医療機関のみならず政策防疫に関する指針が作成・発信されていることが朴氏により説明された。

朴氏は韓国防疫政策に関わる他のアクター(大韓医師会、民間企業、与党)の動きを合わせて分析した上で、関係アクターの初動の速さを指摘した。それが可能であったのは、朴氏によると、関連体制・法律の整備、官民協力のネットワーク、そして社会的合意があったからである。朴氏は最後に日韓で防疫政策過程において専門家集団の異なる位置付けやアプローチがとられているのを指摘し、それを決定づける要因をめぐる議論を呼びかけた。

こうした二人の報告と討論を受け、参加者側からも様々な角度からの問題提起やコメントが上がった。まず、モデレーターで務めた報告者(具裕珍、EAA特任助教)からは、日韓両国の政府の応答性(responsiveness)の相違を、言説分析を通して概観することができないか、との指摘がなされた。特に「自粛」という言葉がどの頻度で使われるかを調べ、韓国社会より日本社会において、より使われていること、したがって政府としてはアクターのコンセンサスを形成するより、「自粛」を求める方が容易なのではないかとの推測がなされた。続けて、松本尚子氏(大学院総合文化研究科研究生)により、ドイツの事例が紹介され、専門家集団の役割も重要であるが、それよりも政策決定を行う政治家の科学へのリテラシーが重要である点が指摘された。

さらに内山融氏(総合文化研究科教授)からは政策の成功の有無を論じる際に、政策のoutputとoutcomeを区別するのが大事であるとの指摘がなされた。今日の防疫政策には政策outputを生み出すようなinputがなかったこと、しかしoutcomeがある程度得られている、すなわち、outputとoutcomeの解離が生じており、それをどう理解するのかが問われているとの指摘がなされた。また、前野清太郎氏(EAA特任助教)により、防疫政策をめぐる台湾の事例が紹介された。前野氏は、台湾と日本の対応を比較した場合、過去の経験から学んだ台湾の水際対策はある程度成果を出しているが、韓国のK防疫と言われるような、T防疫といった政策モデルが構築され、今後活用されるかについては疑問であると指摘した。最後に、中島隆博氏(EAA院長)からは、コロナ危機のなか、専門家と政治家の関係からより顕著になったように、民主主義の本質が問われている、すなわち、わたしたちは「何ができるのか」以上に「何をのぞむのか」を問う新たな知が必要であり、専門家を育て、また預かっている大学としての役割を省察する時間であったとの締めくくりの言葉をいただいた。社会科学的知の蓄積を模索する将来的な機会を期待しつつ、本ウェビナーは終了した。

 

報告者:具裕珍(EAA特任助教)