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2020.10.12

IAGS・EAA共催セミナー「コロナ危機と自民党政権」

2020年10月6日(火)に、IAGS・EAA共催セミナー「コロナ危機と自民党政権」がZoomにて開催された。本セミナーは2019年7月開催されたIAGS・EAA共催セミナー「自民党政権の現在と今後」の続編として、コロナ危機の中、自民党政権の対応と変容について検討することを目的として企画された。今回は昨年のメンバーであったパク・チョルヒ氏(ソウル国立大学教授)と内山融氏(東京大学総合文化研究科教授)に加え、中島隆博氏(EAA院長)をモデレーターとしてお招きし、三者のケミストリーが期待される場であった。登壇者に合わせた日程調整となったが、その間政局はガラッと変わり、期せずして実にタイムリーなセミナーとなった。

中島隆博氏(EAA院長)

中島氏は、この間の安倍首相の辞任と菅政権の誕生を振り返って、「安倍一強」と呼ばれる2010年代の自民党政権への評価について問いかけ、議論の糸口を示した。まずパク氏からは、「安倍一強」は55年体制との類似性と相違性の両方が存在している点、また既存の議論の枠組みを超える特徴として技術発達によるtribal communicationの深化に基づいている点が指摘された。すなわち、Mass communicationに依存してきた既存の方法ではなく、自らの政治勢力の支持者だけに向かって発信するtribal communicationが主流になったことを意味する。そこでfake newsが流される場合、問題はさらに悪化する。従来の政治学では各党は「中位投票者median voter」(中間的な有権者)の支持を取り付けようとすると論じられてきたが、この理論に当てはまらない現在の状況は、分極化(polarization)を加速化させ、民主主義の根幹を損ねる結果へとつながっていると述べた。

この指摘を受け、中島氏は、日本だけではなく世界各国で政治家のtribal communicationへの依存が見られるとした。中島氏はその理由として、今はかつてなく中間層が弱くなり、政治家にとってその必要性が薄くなったがゆえに起こっている現象であるだろうとした。興味深い一例として、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルさんとの対談を取り上げ、その中でガブリエル氏が「自分はradical centerである」と話したことを紹介した。radical leftやradical rightについての議論は進んでいるが、radical centerの概念は目新しい。この概念は、政治的分極化の深化によって希薄化した健全な中間層を強化しようとの狙いを持つものであろう。

パク・チョルヒ氏(ソウル国立大学教授)

続けて、内山氏は安倍政権下における55年体制と異なった特徴として、「自民党の均質化」を指摘した。かつて自民党が派閥の連合体と呼ばれ、派閥間の競争が疑似政権交代の効果をもたらしていた55年体制と比べると、2010年代の自民党では「政党内競争intra-party competition」のみならず「政党間競争inter-party competition」の両方の力学が失われており、それが「一強体制」を作ることを可能にしたという。パク氏も、かつては自民党内の派閥がそれぞれのカラーを出しながら競争し、政党内の力学を作り出していたが、それはもはや政党間の力学に変換されたと付け加えた。すなわち党内に、例えばリベラル派としての宏池会と右派としての清和会、主流派としての経世会があって、その力学が働いていたが、今はそれらの勢力が党の外に存在し、リベラル派としての公明党と右派としての日本維新の会が位置することで、自民党の均質化を加速化させているとした。議論が続くなかで、中島氏の民主主義への含意についての質問と絡めて、内山氏は政治における競争がなくなることは民主主義を「自由民主主義liberal democracy」から「非自由民主主義illiberal democracy」に移行させる危険性があることも指摘した。これはさらに「法の支配rule of law」の弱体化やcheck and balanceの機能の低下を招きかねないことも指摘された。可能性と難題の両者をもたらしうるコロナ危機に直面した菅新政権の発足を受け、今後の自民党はまさに岐路に立たされている重要な局面であると見解がまとめられた。

内山融氏(東京大学総合文化研究科教授)

セミナーの終盤には、Zoomの参加者からも様々な角度から貴重な質問が相次いだ。Median votersを取り戻すための策や、野党の立ち位置、米中緊張関係のなかの日中関係、政治学者の政策提言のあり方、学問と政治の関係などが議論された。多岐にわたる論点が取り上げられ、今日の日本政治やそれを取り巻く環境の厳しさが浮き彫りになったが、一方で、そこから日本あるいは日本政治が発するビジョンを考えさせられる有益な時間であった。イベント後に三者のケミストリーに魅了された参加者たちからこの座談会の定例化を求められる反応もいただき、企画に携わった報告者としても大変うれしく、やり甲斐が感じられたイベントとなった。

 

報告者:具裕珍(EAA特任助教)