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2020.11.11

第2回 EAAブックトーク

2020年11月10日(火)13:30より、第2回EAAブックトークが行われた。参加者は、第1回と同じく、前野清太朗氏(EAA特任助教)、若澤佑典氏(EAA特任研究員)、張瀛子氏(EAAリサーチ・アシスタント)、建部良平氏(EAAリサーチ・アシスタント)、それから報告者の髙山花子(EAA特任研究員)の5名である。

前回は、期せずして、『ヤシガラ椀の外へ』の執筆者であるベネディクト・アンダーソン(1936-2015)が、じつは滞在場所によって研究対象を変化させていたことへの言及をきっかけとして、レビュー企画の中心にいる若澤氏の専門とする18世紀イギリスの書物を媒介とした知的交流のテーマが、張氏と建部氏が研究する一見すると「思想」がないと言われる清代の考証学者たちの書き方の変遷への着目や、18世紀のカノン再読の機運をはじめとする問題系と同期していることがわかった。この前回の展開を受けて、第2回の今回も、カジュアルなブックトークの形ではあったが、あらかじめ建部氏と張氏が関連する論文をシェアし、より具体的な人物の「書物」の例に踏み込んでトークがなされた。持ち寄られた本・論文は以下である。

【建部】
・井上進『中国出版文化史』名古屋大学出版会、2002年。
・建部良平「人情と科学の哲学者:耐震及びデイヴィッド・ヒュームの比較可能性についての試(私)論」、『比較文学・文化論集』第37号、東京大学比較文学・文化研究会、2020年3月、23-43頁。
・建部良平「老いた人間は何処へ:段玉裁「四郊小学」説を読む」(近刊)

【張】
・大木康『明末のはぐれ知識人 馮夢龍と蘇州文化』講談社、1995年。
・酒井忠夫「明末清初の社会における大衆的読書人と善書・清言」、酒井忠夫編『道教の総合的研究』国書刊行会、1977年、370-393頁。
・鈴木正「明代山人考」、『清水博士追悼記念明代史論叢』大安社、1962年、357-388頁。

【若澤】
・Tim Milnes, The Testimony of Sense: Empiricism and the Essay from Hume to Hazlitt, Oxford University Press, 2019.
・長尾伸一『トマス・リード 実在論・幾何学・ユートピア』名古屋大学出版会、2004年。

【前野】
・ウルリヒ・イム・ホーフ『啓蒙のヨーロッパ』成瀬治訳、1998年。
・小島毅『中国近世における礼の言説』東京大学出版会、1996年。

【髙山】
・ガートルード・スタイン『みんなの自伝』落石八日月訳、マガジンハウス、1993年。
・Ann Jefferson, Biography and the Question of Literature in France, Oxford University Press, 2007.

まず、若澤氏の司会によって、建部氏が戴震(1724-1777)とディヴィッド・ヒューム(1711-1776)の比較可能性について述べたあと、段玉裁(1735-1815)の文集『経韻楼集』に見られる晩年の自己批判をテクスト分析から示した。とりわけ後者については、「思想」がない、とされている清代文人のテクストが、どのように書かれているのか、そしてそのテクストをどのように建部氏本人が再記述するのか、に着目することで、「思想」と文体の関連を探る試みが展開されたと言える。若澤氏からは、スコットランドの哲学者トマス・リード(1710-1796)とその研究書を紹介するかたちで、思想家としての同時代性が参照項として促された。また、報告者は18世紀のジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)による自伝への関心から、自伝や書簡がどのような形で公表されていたのかを問うた。建部氏からは、中国での論文集という形での出版伝統について補足がなされ、張氏からは、『文選』に収録された三国時代の嵇康による「与山巨源絶交書」のように、私的な書簡が公的な性格を獲得する古来の例が示された。書くことで交流がなされていたことが確認された一方で、テクストをどう解釈するのかが議論されるなか、張氏が紹介したのは、清代学術で「漢学」を開いた恵棟(1697-1758)と彼が身を置いた明末清初以来の蘇州の出版文化である。興味深いのは、恵棟が自分の学問を文人であった祖父まで遡っていることだった。恵棟の祖父は「山人」と呼ばれる人たちの一員と思われ、彼らは経書に触発されて、学者ではないながらかなり自由な立場から書き物を残していたという。そして、啓蒙期をふくめ、いったいどのような時代精神が共有されていたのかが議論となり、共有されているそのコードのようなものが、果たしてイデオロギーと呼んでよいものなのか、コンベンションあるいは習俗なのか、話題は尽きなかった。

今回特筆すべきことに思われたのは、単に関連しそうな本を各自がばらばらに紹介するのではなく、むしろ、前回の話や他の人のテーマを踏まえて、それぞれが本を持参し、内容紹介が参加者への発展的な質問を含む形で用意され、その場で展開していったことである。これは、18世紀ヨーロッパにおいて興隆した雑誌制作と書評活動が、不特定多数の読者を獲得する以前に、目に見える、会って話せる友人知人の小さなネットワークを基盤としていたことを想起させるだろう。18世紀から現代に広がる形で、知的ネットワークの形成と、書物の「作者」の名前——「号」、あるいは注釈者の署名——の問題が次回の課題としてすでに上がっているが、21世紀も四半世紀をすぎた現在に書物を介してどのような「公共空間」が可能であるのかについても、とりわけ出版文化と知識人との関係に注意を払いつつ、問うてゆきたい。

報告:髙山花子(EAA特任研究員)

写真撮影:立石はな(EAA特任研究員)