ブログ
2022.03.11

【報告】連続公開イベント第2回(全3回)フランス・カトリック教会と性的スキャンダル

2022年2月22日、セリーヌ・ベロー教授連続講演会の第2回「フランス・カトリック教会と性的スキャンダル」をオンラインで開催した。ベロー氏は、社会科学高等研究院の教授で、現代フランスのカトリックを専門とする宗教社会学者である。この連続講演会の概要については、第1回の報告がすでにアップロードされているのでそちらをご覧いただきたい。

現代西洋のカトリック世界は、聖職者の性的スキャンダルで大きく揺れている。フランスではとりわけ、ベルナール・プレナという神父が過去に長年にわたって小児性愛の行為に手を染めていたことが被害者たちによって2015年に告発されて以来、一大社会問題となっている。2021年秋には独立第三者委員会によるソヴェ委員会報告書が提出されたが、そこでは1950年からの70年間でカトリックの聖職者から性暴力を受けた子どもの数は21万6000人にのぼるという衝撃的な数字が発表された。

ベロー氏はこの問題について、『性的スキャンダルという試練とフランス・カトリック教会』(Fayard)という著作を2021年に刊行している。ベロー氏はまず、この著作の刊行に至る経緯を説明した。きっかけは3年前、パリの教区のある司祭から、性暴力についての意見交換会に誘われたことにあるという。カトリックの専門家なので出席を承諾したが、辛い経験を聞くことになるかもしれないと思いながら出かけていった。すると、そこでは性暴力の経験よりも、むしろ聖職者と一般信徒の関係、教会における女性の位置、結婚している男女が聖職者になることの可能性などが話し合われていた。カトリック教会における権威の様態や分業体制は自分の博士論文以来のテーマでもあり、この問題はフランス宗教界の変化を知り将来を占うのに適したテーマだと思うようになったとのことである。

この問題を扱うに際して、ベロー氏は「スキャンダルの社会学」という理論枠組みを用いている。フランスにおける聖職者によるスキャンダルの最初の波は2000年代初頭に認められるが、このときはまだ、聖職者の性暴力はあくまで特殊な個人の問題としかみなされていなかった。しかしながら、2018年から2019年にかけてフェーズが変わり、聖職者の性暴力はカトリック教会の「システム」そのものに関わる構造的な問題とみなされるようになったという。被害者たちによる告発がなされ、大々的な報道がなされ、人びとが動員される一連の動きは「スキャンダル」と呼ぶにふさわしい。ベロー氏はこのようなスキャンダルに社会変化のモーメントを読み取ろうとしている。

ベロー氏がインタビューをしたカトリック信徒たちは、改革への期待を口にしたという。改革案として出てきたのは、性暴力の再発防止、権威の用い方の見直し、聖職者と俗人信徒との新しい役割分業の確立などである。しかしながら、懸念材料もある。たとえば教会当局は、独立委員会として設けられたソヴェ委員会の最終報告書の提出を待たずに、自分たちで対策案をまとめた文書を公表した。これは、性的スキャンダルの問題を、社会の問題としてではなく、教会の問題として教会が処理しようとした振る舞いとも受けとめられる。とはいえ、一般信徒たちがそのような動きに反対して、「シノダル」という教会関係者会議を開き、垂直軸ではない水平的な運動を作り出していることも注目に値する。

コメンテーターを務めたのは三木メイ氏である。三木氏は同志社大学の講師であり、日本聖公会京都教区の女性司祭でもある。自身が所属する教区で実際に起きた聖職者による性暴力事件の対応に当たった経験をもち、2006年から現在に至るまで教区のハラスメント防止委員会のメンバーとして活動を続けている。そのような観点から三木氏はまず、性的虐待という出来事を取り扱うことの難しさや、ハラスメント防止委員会が設置されるきっかけになった事件の経緯について説明した。また、日本聖公会の教会の体質やその問題点について分析を加えたあと、ジェンダー平等に向けた改善が進められている様子も紹介した。

そのうえで、三木氏からベロー氏に、3つの質問がなされた。第1に、フランスのカトリックでは性的虐待を受けた被害者が相談する窓口はあるのか。あるとすれば、それは実際に機能しているのか。第2に、フランスのカトリック教会では、ジェンダー平等に向けてどのような組織的取り組みがなされているのか。第3に、フランスのカトリック教会の改革の可能性について、どのような展望を描くことができるのか。

ベロー氏は、第1の質問に対しては、教会で問題が起きたときには市民社会の裁判所に自動的に通知が行くような改革がなされていること、また教会内部でも被害者のケアを加害者の死後も続けられる仕組みが作られつつあることを指摘した。第2の質問に対しては、男性聖職者が不在の状況では、俗人信徒の女性が、資格を持っていなくても、神父やチャプレンの役割を果たすことができるかどうかが広く議論されるようになったと回答した。第3の質問に対しては、カトリック教会では、説教の刷新は検討されても、制度から構造を変えるのはなかなか難しいと答えた。水平的に議論する「シノダル」の精神も、当局に参考意見を言うことができるにすぎず、教会運営の実権は高位聖職者に握られたままだという。

講演会全体を通して少しずつ浮かび上がって見えてきたのは、フランス・カトリック教会における聖職者による性暴力は社会全体を巻き込む一大スキャンダルとなっているのに対し、日本の場合は宗教界の性暴力は厳然たる事実として存在していても社会で広く共有されるような問題とはなりにくいということである。一方、聖職者による性暴力への対策として、日本聖公会では再発防止のための制度改革などが比較的機動力のある形で進められているのに対し、カトリック教会はローマを総本山とする巨大組織であって、制度改革の提唱もしばしば保守派に阻まれるという対照性も見えてきた。

報告者:伊達聖伸(東京大学准教授)・田中浩喜(東京大学大学院)