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2022.03.11

【報告】連続公開イベント第3回(全3回)フランスにおける宗教的状況の特殊性

2022年3月1日、連続公開イベント第3回「フランスにおける宗教的状況の特殊性」がオンラインで開催された。この連続公開イベントの詳細については、第1回の報告ですでに紹介している。第2回の報告もこのウェブサイトにすでにアップロードされているから、そちらと併せて参照されたい。第3回のイベントでは、フランス宗教社会学を牽引するセリーヌ・ベロー氏(社会科学高等研究院教授)に、とりわけカトリックに注目しながら、「近年のフランスにおける宗教状況の変容」を論じていただいた。コメンテーターを務めたのは、近世のフランス神秘主義を専門とする宗教学者の渡辺優氏(東京大学准教授)である。

ベロー氏はまず、現代フランスでは「カトリックからの離脱現象」が起きていると指摘する。これはたとえば、カトリックに帰属意識を持つ人が減っていることからもわかる。カトリック信徒を自称する人の割合は、1981年の調査では約70%だったが、2018年の調査では約32%に激減している。帰属だけでなく実践の低下も、カトリックからの離脱現象を物語る。ミサに出席するなど、宗教実践を定期的に行うカトリック信徒の割合は、1981年の調査では17%だったが、2018の調査では7%に現象している。近年のコロナ禍とカトリック教会の性的スキャンダルは、この実践率の低下にさらなる拍車をかけているという。

実践に関する詳しいデータも報告しておこう。性差については、とりわけ60歳以上の女性に高い実践率がみられる。階級差については、管理職に就く人びとの方が、労働階級の人びとよりも実践者に占める割合が大きい。そして興味深いことに、地域差については、都市部(15%)の方が、地方(13%)よりも実践率が高い。都市部では「脱キリスト教化」が進むというのが通説だったことを思うと、これは意外である。これは、都市部にはたくさんの教会があり、供給が需要に追い付いているのに対して、過疎化に悩む地方では教会の数が足りなかったり、高齢者の自宅の近くに教会がなかったりすることによるという。

このカトリックからの離脱現象は、フランスの宗教状況一般にどのような効果をもたらしているのだろうか。ベロー氏が第一に挙げるのは、無宗教の増加である。無宗教を自称する人の割合は、1981年の調査では約27%だったが、2018年の調査では約58%に倍増している。ただし、無宗教が増えているからといって、無神論者が増えているわけではない。むしろ、神を信じると回答する人の割合は、2018年の調査では約50%にのぼり、なんらかの宗教に属していると回答する人の割合(約42%)より高い。ここには、イギリスの宗教社会学者G・ディヴィが「帰属なしの信仰」と呼ぶものをみることができるという。

ベロー氏が第二に挙げるのは、宗教的多元化の進展である。現状では、なんらかの宗教に属する人が100人いるとすると、そのうちカトリック教徒は77人でムスリムは14人であり、カトリックは依然優位にみえる。だが経年的にみれば、カトリックの割合が減り続けているのに対してムスリムの割合は増え続けており、若者世代ではこの傾向はより顕著になる。かつてはフランスの宗教状況は均質的なものとされていたが、イスラームの登場によってフランスは新たな宗教的多元状況に直面している。ただし、病院や監獄での教誨制度をみると、カトリックは他宗教に比べて、ある程度特殊な地位を保ち続けているという。

カトリックからの離脱現象をフランスの宗教状況一般に照らして考えたとき、みえてくるのはカトリックのマイノリティ化である。ベロー氏は、カトリック内部にはこのマイノリティ化に対する二通りの反応があると指摘する。ひとつは、被害者意識を増大させるパターンである。たとえば同性婚や生殖補助医療に関して、カトリック的な価値観がないがしろにされていると感じる人びとがいる。もうひとつは、マイノリティ化を教会や宣教のあり方を改革するためのチャンスと考えるパターンである。ベロー氏によれば、近年のフランスにおける宗教状況の変容はこのように、カトリックにも内的多様化をもたらしている。

講演のあとには、渡辺氏からいくつかの重要な問いが投げかけられた。とりわけ議論されたのは「脱文化化」と「スピリチュアリティ」についてである。渡辺氏によると、近年のフランスでは、宗教が教会制度としてだけでなく、文化的な価値や記憶としても存在感を失っており、フランスの宗教社会学者D・エルヴュー=レジェは、これを「脱文化化」と呼んでいる。フランスの宗教状況に関するベロー氏の現状理解は、エルヴュー=レジェの言う「脱文化化」に重なるのか。そして、そうした現代の宗教状況を記述する際、フランスの宗教社会学では「スピリチュアリティ」の語は用いられるのか。これが渡辺氏の問いである。

ベロー氏はまず、「脱文化化」に関するエルヴュー=レジェの議論を大枠として認めながらも、そこにはニュアンスが必要であると論じた。ベロー氏によると、この概念は現在、フランス社会からカトリック文化の影響が完全に消滅したことを指すとみなされている(ただし、エルヴュー=レジェ自身は、よりニュアンスに富んだ議論をしているという)。だが実際には、脱文化化は現在も進行を続ける未完のプロセスであり、その進行度は分野によって異なるというのが、ベロー氏の見方である。カトリックが制度的影響力を失っているとしても、アイデンティティや伝統の拠り所としての存在感はいまだ小さくないという。

次にベロー氏が答えたのは、「スピリチュアリティ」についてである。渡辺氏が言うように、日米の宗教社会学では、個人化され脱制度化された宗教のあり方は「スピリチュアリティ」と表現され、これを学術概念として用いた研究成果が数多く重ねられている。これに対して、ベロー氏によると、フランスの宗教社会学では、過去数十年にみられる宗教状況の変容は、どちらかというと「宗教的なものの脱制度化」や「信仰の脱宗派化」などの枠組みで理解されてきたという。ベロー氏と渡辺氏の対話からは、フランスにおける宗教状況の特殊性に加えて、フランスにおける宗教社会学の特徴も浮かび上がったように思われる。

報告者:田中浩喜(東京大学大学院)