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2023.05.24

【報告】Representation of the Other in Political Cinema——The Comfort Zone of Absolutism in "Battleship Potemkin"; The Absence of The Other in "Triumph of the Will" and Moral Ambiguity in "The Battle of Algiers"

2023年5月12日、101号館セミナールームにて、シモン・ドータン氏(ニューヨーク大学/映画監督/作家)による講義が行われた。講義のタイトルは“Representation of the Other in Political Cinema——The Comfort Zone of Absolutism in ‘Battleship Potemkin’; The Absence of The Other in ‘Triumph of the Will’ and Moral Ambiguity in ‘The Battle of Algiers’”であった。司会は中島隆博氏(東洋文化研究所所長/EAA学術顧問)が務め、ドータン氏とともに映画制作に携わってきたネタヤ・アンバー氏(ニューヨーク大学/映画プロデューサー/作家)がコメントを行った(彼らの最新作『Cyber Everything』についてはこちらを参照)。

ドータン氏は、「政治的な映画(political cinema)とは何か?」という質問をオーディエンスに投げかけた上で、三つの作品——Battleship Potemkin (1925), Triumph of the Will (1934) and The Battle of Algiers (1966)——を具体例として扱い、それぞれの作品における「他者」の表象、あるいはその不在について分析を行った。

第1次ロシア革命を記念して制作されたセルゲイ・エイゼンシュテイン監督のBattleship Potemkin (1925:邦題『戦艦ポチョムキン』)は、「オデッサの階段」と呼ばれるシーンにおけるモンタージュ理論が有名であり、後世の作品にも多くの影響を与えてきた。ここには、「我々(プロレタリアート)」と「彼ら(敵としての帝政ロシア)」という極端な善悪の二項対立が清々しいほど象徴的に描かれている。一方、アドルフ・ヒトラーの依頼を承けて制作されたレニ・リーフェンシュタール監督の記録映画Triumph of the Will (1934:邦題『意志の勝利』)には、そのような二項対立は映像の中には存在せず、むしろ他者の不在が際立っている。空撮を効果的に取り入れることによって神の視点を思わせるカットが使用されるなど最新技術を積極的に活用しているほか、群衆の中を進むパレードをヒトラーの背後から撮るなどして、その場の一体感や昂揚感が効果的に映し出されている。最後に参照されたジッロ・ポンテコルヴォ監督のThe Battle of Algiers (1966:邦題『アルジェの戦い』)では、アルジェリア独立戦争における両陣営が描かれる。イタリアとアルジェリアの共同制作によるこの映画では、明確な善悪の対立は協調されず、むしろ、アルジェリア軍とフランス軍の双方による暴力(とりわけ、無辜の市民に対する暴力の行使)が描かれ、いずれの陣営にも倫理を占有させないという描き方がなされている。

ディスカッションでは、ドキュメンタリーとフィクションの境目とは何か、また、プロパガンダ映画と「政治的な映画」は何が異なるのか、といったトピックについて議論が行われた。世界的に著名なドータン監督自身自らが映画史上に残る象徴的な作品を詳細に分析してみせるという贅沢なひとときを、参加者皆が享受した。

報告者:崎濱紗奈(EAA特任助教)