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2023.05.24

【報告】From the Rise of Food Production to the Age of Anthropocene: A Framework for Global Environmental History(胡明輝氏講演会)

 2023519日(金)、胡明輝氏(Hu Minghui, カリフォルニア大学サンタクルーズ校)による講演「From the Rise of Food Production to the Age of Anthropocene: A Framework for Global Environmental History」が駒場キャンパス101号館のEAAセミナー室で開催された。東京大学の学生は対面で参加し、北京大学の学生はオンラインで参加した。石井剛氏(EAA院長)が司会を務めた。

会場の様子

 本講演において、胡氏は環境史的な視点をただちに絶滅危惧種の保護や環境問題の解決を呼びかける政治活動などに結びつけることをせず、環境史を過去に関する特定の見方と捉え、環境と人類史との関わりを理解する枠組みを提示しようとした。そこで3つの枠組みおよびそれらを支える3種類の時間(時代)概念、すなわち地質学的時間(geological time)、進化論的時間(evolutionary time)、歴史的時間(historical time)が紹介された。胡氏によれば、地質学的時間と進化論的時間はいずれも人類史を遥かに超える時間尺度(time scale)であり、前者は地球の歴史における諸事象の発生時点と関係を記述し、後者は生物の種の変化を跡づける。一方で歴史的時間では民族・国家・人類の歴史を特徴づける出来事が起き、それを人間が自ら記録・記憶することができる。しかし、46億年前にも遡る地質時代、そして一つ小さな変化でも数百年以上かかる種の進化の過程に比べると、人間の歴史は取るに足らない一欠片のようなものであり、環境・地球・宇宙について考えるとき、複数の時間尺度を考慮に入れる必要があると胡氏は強調した。

胡明輝氏

 続いて胡氏はホモ・サピエンスと環境の相互影響に着目し、それを考察する三つのアプローチ、つまり歴史学的アプローチ(humanist approach)、生物学的アプローチ(evolutionary approach)、物理学的アプローチ(physicist approach)を紹介した。なかでも物理学的アプローチは人間がエネルギーをどのように探索・貯蔵・利用するかという観点から人類史を把握するため、今日のエネルギー問題とも関連し、現在の世界を理解するに役立つという。こうして人間の活動が環境に直接関与し、同時に環境に条件づけられている。胡氏から見れば、一部の人間社会がより早く発展を遂げたことは、決していわゆる人種的な特性によるものではなく、むしろ環境の状況に負うところが大きい。

石井剛氏

 その後の質疑応答では、いま起きている環境問題の解決可能性、地政学的対立との関係、環境問題に対する歴史学の働きかけ、国・政府の役割などをめぐって、胡氏と学生たちの間で熱い議論が交わされた。最後に石井氏から、EAAのような、未来に向けて対話・討論のためのプラットフォームを構築することの重要性が改めて確認された。

 胡氏の講演は地球の自然環境そのものよりも、むしろ環境と人間の歴史との関わりに重点を置いたものである。講演を聞きながら、報告者が思い出したのは魯迅の地質学関連の著作である。青年時代の魯迅は南京の鉱務鉄路学堂で鉱物学・地質学を学び、1903年に「中国地質略論」を発表し、1906年に『中国鉱産誌』(顧琅との共著)を刊行した。これらの著述は直接的には中国の石炭を列強の略奪から守るという現実的な関心から著されたものであるが、そこに内在する地質学的想像力はそれ以降の魯迅の文筆活動においても働き続けるように思える。従来の歴史叙述を相対化しうる地質学的な視座は近現代東アジアの思想・文学にとっても重要な意義をもつと考えられる。

報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真:横山雄大(EAAリサーチアシスタント)