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2023.12.22

【報告】シンポジウム「東アジアにおける新しい文明形態の生成と発展」

 2023121日(金)午後、東京大学東アジア藝文書院(EAA)と東北師範大学歴史文化学院(中国)の共催によるシンポジウム「東アジアにおける新しい文明形態の生成と発展」がEAAセミナー室で開催された。本シンポジウムは韓東育氏(東北師範大学副学長)の率いた東北師範大学東アジア史チームと、長年駒場で教鞭を執っており、数多くの東アジア研究者を育ててきた黒住真氏(東京大学名誉教授)を迎えた。EAAからは石井剛氏(EAA院長。今回の交流活動に触れた石井氏のエッセイはこちら)が出席し、郭馳洋氏(EAA特任研究員)が司会を務めた。

 石井氏と韓氏から開会の挨拶がなされたあと、黒住氏は「20世紀前半の生命哲学の動向と日本——ベルクソン、ハイデガーと九鬼周造・高橋里美・京都学派」と題する講演を行った。黒住氏はまず、近世まで人間活動の前提として考えられていた天人相関的な自然観・人間観が19世紀半ば以降の資本主義や科学に突き動かされた大きな運動によって破壊され、学問を成り立たせる枠組みも無視されたという近代文明の問題を指摘した。それを反省し、乗り越えるための手がかりとして、黒住氏は、感情や生命の問題を改めて物事の全体で位置づけようとし、かつ近代日本の哲学・思想史にも大きな影響を与えたベルクソンとハイデガーを取り上げ、とりわけ前者に焦点をあてて議論を展開した。さらにベルクソンに関心を持った西田幾多郎と高橋里美、九鬼周造ないし岡倉天心にも言及し、近代文明への批判意識のもとで展開された哲学思想史の地形図を提示した。質疑応答では近代中国における「科学と人生観」論争とベルクソンブーム、東洋思想における「輪廻」の位置づけ、「近代」の「破壊」的な性格、学問の細分化など、様々な角度から質問と感想が寄せられた。

 シンポジウムの後半では、東北師範大学歴史文化学院に所属する5名の研究者が発表を行った。大田英昭氏(東北師範大学歴史文化学院教授)は片山潜の未刊原稿「在露三年」の資料形状、内容、執筆状況および周辺の人間関係を考察することで、その史料的価値を確認し、片山の中国旅行(1925)と関連づけた。董灝智氏(東北師範大学歴史文化学院教授)は江戸時代の古学派といわれる山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠を取り上げ、彼らにおける「日本優越論」の展開ないし近代への影響を跡づけた。斉暢氏(東北師範大学歴史文化学院副教授)は朝鮮から明に入った宦官鄭同に焦点をあてて、従来中国史研究に限定されがちな宦官問題を東アジア的な視野で捉え直し、朝貢制度との関連性も明らかにした。胡天舒氏(東北師範大学歴史文化学院副教授)は清代後期の知識人王韜の『扶桑遊記』を分析することによって、王における日本像および当時起きていた東アジア国際秩序の変化についての捉え方を考察した。高悦氏は(東北師範大学歴史文化学院ポストドクター)は慶長年間の林羅山の活動に注目し、徳川家康による林羅山起用の動機、羅山と朝鮮使節の交流、家康の朱子学導入を考察した。自由討論では、ベルクソン哲学の政治性、近代日本におけるフランス哲学受容の多様性、東アジア知識人によるソ連旅行記の同時性といった問題が提起された。

 本シンポジウムでは近代文明にもたらされた巨大な破壊に対する近代の哲学者たちのレスポンスが考察された。近代以来の種々な破壊がいまも深刻化しているなか、東アジアの現場からどういった哲学的アプローチが可能なのか。今日においてそれが依然として重要な課題である。

報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真:張政婷(EAA学術専門職員)
ニコロヴァ・ヴィクトリヤ(EAAリサーチ・アシスタント)