このシリーズは、新しい産学協創のあり方を模索するための第一歩として、産業界の第一線で活躍する実務家と本学で人文学系の研究に従事する研究者とが対談しながら、産学双方の知見を新たな想像力へと導いていこうとする目的で行われてきました。通常の学術イベントとは異なり、このトークシリーズは東京ミッドタウン八重洲にある東京大学八重洲アカデミックコモンズで夕刻を選んで開催されています。そこは日ごろから知的な関心は近いけれどもなかなか大学の知性に直接触れることのない幅広い社会人の方々が集まりやすく、逆に日ごろキャンパスの外の世界との接点を持つことのない大学人にとっては、自らの学問の社会的意義を問い直せる場となります。今回も多くの方々がお越しくださり、40名ほどが収容可能な会場は満席となりました。まずは、この場をお借りしてご来場くださった皆さまに感謝いたします。
さて、2026年1月22日に開催された今回は、「この国の『年を重ねる』を、もっと豊かに。——共に変容する銀行のカタチ」と題して、三井住友銀行の佐伯亜紀子さんと本学東洋文化研究所の中島隆博さんの対談となりました。佐伯さんはシニア世代のウェルビーイング実現に貢献できるような新しい銀行のサービスを構想し提供しています。対談はまず佐伯さんの講演から始まりました。

「人生百年」の時代がやってくるとよく言われます。佐伯さんによれば百歳人口の統計が開始された1963年には日本全国で153名だった百歳以上の人口は、現在では約10万人まで増加しています。それに加えて、日本人の平均寿命と健康寿命は直近20年の間にもなお3%上昇しており、人口の長寿化傾向は今なお継続しているのだそうです。「人生百年時代」は近未来のことではなく、すでに現実化しているのだと佐伯さんは強調します。
仮に60歳で定年を迎えたとして、そのあとにはまだ40年の人生があります。それは、20歳の若いころから定年までの道のりと同じだけの時間です。そうすると第二の人生は実に豊かなはずですが、では、その豊かさをいかに実現していけるでしょうか。佐伯さんが取り組んでいるのは、この問いに対して銀行から預金者に対して具体的なアイディアを提供することなのだそうです。
なぜ銀行がこのようなことに取り組まなければならないのでしょうか?そこには、商業行為の公益性を「商助」と定義する三井住友銀行の理念があります。社会における相互扶助のあり方として、互助(ボランティア活動など)、共助(医療・介護サービスなど)、公助(国などが提供する公共福祉サービス全般)に加え、企業などの商業活動によって実現されるのが商助である、と佐伯さんは言います。

中国哲学を主なフィールドとして世界哲学を提唱し、近年では産業界との対話にも積極的に取り組んでいる中島隆博さんは、社会関係資本というキーワードから応答を開始しました。人の豊かさとは金銭や物質の豊かさではなく、人とのつながりの豊かさによってこそ測られるべきではないのか、という主張です。相互扶助のチャネルの豊かさが大切なのです。その意味で、資本主義社会においては産業活動が豊かさに寄与してきたはずですし、それ抜きに豊かさはおそらくあり得ないでしょう。商助とは現代の社会における社会関係資本形成のために欠かすことのできないパーツであると言えます。
では、「人生百年時代」の人々は、とりわけ人生の後半期に至って、どのように社会関係資本を豊かにしていくことができるでしょうか?中島さんはひとつの解として、「成熟」概念の恢復が必要ではないかと提案します。人はただ存在しているのではなく、常に変容しながら成長していきます。そのプロセスは本来「ウェルビーイング well-being」ということばに含まれる「being」、つまり静態的な存在ではなく、「becoming」として表現されるべきではないか、そして、この「成っていく」プロセスは、究極のところ「成熟」していくプロセスではないか、と言うのです。あたかも時間をかけてゆっくり発酵していくものが熟成されるにつれて、以前にはなかったふくよかな味わいを獲得していくように、わたしたちの老いもまたゆっくりと味わうべきものなのではないだろうか。中島さんはそのように問いかけます。
キーワードは「知性」と「希望」でした。人間らしさの根本は知性にある、それは豊かな社会関係資本と共に豊かになるのだと中島さんは主張します。そして、老いてなお豊かな生活を営むためには限りなき知性が育まれるような生活の場が必要ではないかというのです。長い人生の晩期に至って、なおも知性にひらかれた生活を送ることが可能な社会にこそ、すべての世代が悦んで暮らしていける希望が存しているのではないだろうか、そのように述べるのです。

会場からもすばらしいコメントが提出されました。わたしが特に印象的だったのは、消費にフォーカスを当てたサービスだけで十分なのだろうかというコメントです。かつてわたしたちが教養学部で開講しているオムニバス講義に登壇した藤原辰史さんが、生産と消費の二元モデルではなく、そこに分解を加えた三元的循環モデルで経済プロセスを考えるべきだという旨のお話をしていたのがわたしにはおのずと思い出されました。人間は食物を摂取して排泄することを通じて、この三元的循環モデルの一翼を担っているのだと藤原さんは言います。
これを個々の身体の問題ではなく、社会全体のプロセスとして考えてみたらどうなるでしょうか。第二の人生を送る人々に対してカスタマイズされたサービスを提供することは顧客からすれば消費行為ですが、その消費行為が社会関係資本を豊かにする方向に結びついていくのだとすれば、それは、分解のプロセスが顧客個人だけではなく、相互扶助的に社会によって共有されていくことを意味するに違いありません。「この国の『年を重ねる』を、もっと豊かに。」とは、つまるところ、人が年を取り成熟していくことによって、社会全体に豊かな栄養がもたらされていくような循環を生み出すことではないでしょうか。そして、それが若い世代の希望を育む源になっていくことではないでしょうか。
銀行は顧客から預かった資金を社会に投資することによって、大学は新たな学問的知見の導きのもとで学生を育てて世に送り出すことを通じて、どちらも社会のグランドデザインの構築と実現に寄与しています。日本だけではなく、多くの国々で急速に進む少子高齢化という人類史上未曾有の現実に対して、個々の消費者へのサービスを向上させることはもちろんのこと、それ以上に重要なことは、わたしたちがそれぞれの持ち場で新たな社会のグランドデザインを描くことであるにちがいありません。SDGsやウェルビーイングといった流行の課題を金科玉条に据えて満足するのではなく、望ましい社会について大きな絵を描く努力が産学協創には求められているのだと思います。
報告者:石井剛(EAA院長)
写真:洪信慧(EAAリサーチアシスタント)