ブログ
2022.03.16

【報告】第8回EAA沖縄研究会

2022311日、第8EAA沖縄研究会が開催された。発表者は具裕珍氏(EAA特任助教)と本ブログ報告者の崎濱紗奈(EAA特任研究員)で、具氏と崎濱が共同執筆する論文の構想をもとに、沖縄における「保守」あるいは「右傾化」というテーマについて発表を行った。

具氏はこれまで、日本における「保守市民社会」の活動について、社会科学的見地から研究を積み重ねてこられた(詳しくは氏の新著の『保守市民社会と日本政治——日本会議の動員とアドボカシー:19902012(青弓社、2022年)を是非参照されたい)。今回の発表では、2010年に再燃したいわゆる「尖閣問題」以降、沖縄においてどのように「保守市民社会」の運動が展開されてきたのか、具氏がこれまで収集したデータに基づき検討を行った。崎濱は、沖縄という場所において「保守」あるいは「右傾化」について語ろうとするとき、それは必ずしも日本本土における「保守」「右傾化」と一致せず、そのことを理解するためには沖縄の複雑な近代史・現代史に十分目を配る必要があると指摘した(例えば、『戦後沖縄の政治と社会——「保守」と「革新」の歴史的位相』(平良好利・高江洲昌哉編著、吉田書店、2022年)を参照)。

具氏発表スライドより①

軍事基地への反対運動に象徴されるように、沖縄は一見「左派の島」だと目されることが多い。このような認識は間違ってはいないし、沖縄においてこのような運動が長年展開されてきたことは、沖縄出身の芥川賞作家・目取間俊の表現を借りれば、この島がずっと「戦後0年」とも言うべき状況に置かれてきた歴史を如実に反映している。だが、日本という国民国家において配置されている軍事基地、とりわけ米軍専用施設について言えば、その約70%が沖縄に集中しているという事態をめぐっては、左派的な文脈においてのみ語られてきたわけではない。「尖閣問題」以降、南西諸島をめぐる安全保障問題が再燃し、普天間基地移設問題がいよいよ膠着化すると、沖縄が日本の防衛において“果たすべき役割”を喧伝する右派的な言説が目立って登場してきた。基地の過重負担という現状について、これを数字上のイメージ操作であるとして「70%というのは数字のマジックだ」とする指摘が、昨今右派的な言説において登場していることは象徴的である(ただし、こうした言説が主張するように、日米が共同利用する自衛隊基地等の施設を含めた場合においても、日本列島において占める琉球諸島の小さな島々の面積を考えれば、日本全国の約25%が沖縄に配置されているという数字は依然として大きく、過重負担を示すには十分であるのだが)。

上記のような、ディスコースとしての左右対立以外にも、現状をめぐる認識の対立は沖縄における日常生活においても進展している。近年地元新聞二社が相次いで上梓した『幻想のメディア——SNSから見える沖縄』(沖縄タイムス社編集局「幻想のメディア」取材班編著、高文研、2019年)、『琉球新報が挑んだファクトチェック・フェイク監視』(琉球新報社編集局編著、高文研、2019年)には、2018年の沖縄県知事選や2019年に行われた辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票など、選挙時に「フェイクニュース」がSNSを通して投票者に与える影響について、一つ一つの事例に基づき事細かに検証されている。

具氏発表スライドより②

ますます複雑化する現状は、人々に大きな苛立ちを与える。丁寧に言語化する余裕も与えられず、突き動かされた情動が全面化し、現状を突如として思わぬ形で変えていく(こうした状況は各地に遍在しているのであって、現在進行形で展開されている戦争は決して対岸の火事などではない)。SNS上のフェイクを含む情報が沖縄のごくごく普通の人々に大きな影響を与え、その先に何が起こるだろうか、ということを想像するとき思い出さずにはおられないのは、かつて沖縄が経験した「沖縄戦」の記憶である。それは単に天から降ってきた災いでは決してなかった。

いよいよ戦争の足音が聞こえてきた1930年代以降展開されたのが、生活改善運動という名のもとに実施された「同化」推進運動であった。本土出身官僚と、沖縄の人々とが一体となって、この運動を推進した。そこには沖縄出身労働者や入隊者が本土において差別されないように、という配慮もあったであろう。あるいは、沖縄の土着的な信仰のあり方を国家神道の制度下において再編成しようという試みが展開されたのもこの頃であった。御嶽や拝所に鳥居を立てるというこの計画でさえも、当時の計画推進者からしてみれば、沖縄に対する不当な差別への防波堤としてこの計画を位置付けたという意識があったという。だが、そこにいかなる「善意」が存在していたとしても、結果として「同化」の道は、沖縄戦において、国家へと命を投げ出した人々の多大な犠牲を産んだのである。

このときの状況と現在とでは、大きく事情も異なるし、昨今の現状を見るに、かつて来た道が再来する可能性を想起してしまう、というのはあまりに短絡的かもしれない。しかし、敢えて短絡的に比較して事実を抽出するのであれば、沖縄はすでに、自発的かつ強制的に「同化」という道を選び、自らを犠牲にする道を歩んだ経験を持っている、ということである。こうした望ましくない可能性を閉ざし、別の未来を開くために、いますぐ着手すべき実践はまだ数多く残されている。報告者にとって具氏との共同研究は、こうした実践の一つである。なぜ、「保守」的あるいは「右派」的言説がSNS上で歓迎されるのか。「反知性主義」というレッテルを貼って切り捨てるのではなく、その背景をデータ分析、テクスト分析、あるいは可能であれば別の方法も複数駆使しながら、正面から検討する必要がある。

報告者:崎濱紗奈(EAA特任研究員)