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2022.03.03

【報告】第4回EAA「民俗学×哲学」研究会

 2022225日、第4EAA「民俗学×哲学」研究会がオンライン上で開催された。今回は執筆者(前野)が「エスノ・ナショナリズムの一類型としての混合民族論」と題して報告を行った。コメンテーターは崎濱紗奈氏(EAA特任研究員)である。本報告は、第2回研究会の張政遠氏(東京大学)報告「トランスユーラシアの言語拡散と東北アジアの農耕民移住――「三角測量」の死角と民俗学の視点」に着想を得て構成した(第二回研究会 https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/20211217-report/)。

 第2回研究会では、ドイツの言語学者マーティン・ロベーツ(Martine Robbeets)氏らのグループが2021年に発表したユーラシア諸言語の起源ならびにその話者の拡散についての論文が取り上げられた。研究リーダーのロベーツ氏は、メディアインタビューに対して「ナショナリスティックな意図を持つ人々にとって不愉快な真実は、アジアを含め、言語も文化も人も混じりあっているということだ」とコメントしている(ロイター “Japanese-Korean-Turkish language group traced to farmers in ancient China” https://jp.reuters.com/article/us-science-language-idCAKBN2HV2IN)。果たしてロベーツ氏のこのコメントは正確なものだろうか。

 1980年代以降の日本において、私たちはたびたび「単一民族」的な言説を耳にしてきた。けれどもそれと同様な程度に、日本人が異なる地域からの流入者にルーツをもつ「混合」的民族であるとの言説を耳にするようにもなっているはずだ。かなり通俗化された形で流布される縄文系と弥生系の区分についての理解などは代表的なものだろう。シュメル、タミル、レプチャなどに遠いゆかりを求める言説も、もしかするとここに含まれるかもしれない。実のところ、日本における「単一民族」的な言説は、しばしば民族起源の多元性とその同化力を誇る論調が入り混じった存在であって、「混合的単一民族」論とでも呼ぶべきロジックを持っている。こうした日本における「混合民族」論の構造と「単一民族」論の戦後社会での定着を、歴史社会学的になぞってみせたのが、小熊英二氏の力著『単一民族神話の起源──「日本人」の自画像の系譜』(新曜社、1995年)であった。

 小熊氏の議論においては、明治期から戦中にかけ一般的であった「混合民族」論を、日本特有のイエ構造に由来するロジックとしている。しかし近代の中華民族論を再構成する形で提示された費孝通の「多元一体」民族論とその継承者たちの20世紀末の議論に見られるとおり、「遠祖」から続くサブエスニックグループ間の血と文化の相互混淆を現在のネイションの統合基盤と捉えようとする言説は日本以外にも存在している。類似の議論は、近代以来の中華民族論からの離脱を模索してきた台湾イデオロギーの側にも見て取れる。1990年代から2000年代にかけ広まった、漢化した原住民族=平埔(へいほ)族的なルーツについての通俗的理解と、原住民族の血の元に融合した移民社会とのイメージがそれである。執筆者(前野)にとっていまだ専門外であるが、東アジア以外の、「純血」を歴史上の前提としがたいロシアやメキシコ等の地域にあっても、こうした「混合的単一民族」論に似通った議論は見出せるように思われる。小熊氏が前掲書中にあってすでに指摘していることだが、「混合民族」論の提示は「単一民族」論への対抗言説には必ずしもならない。時に人々にとって、遠いルーツの多「源」性はむしろ自らの遠祖を誇りうる根拠とさえなるのだ。

 

 

 当日のフロアからは「単一民族」「混合民族」の2種の神話を乗り越えた先にいかなる展望があるのか、とのコメントを頂戴した。このことは、構造機能主義から構造主義を経てポスト構造主義への展開を実見してこられたベテラン研究者の方々と、「ポスト」であることが当たり前の学風の中で研究の道に進んだ私たちの世代が、今より真摯に取り組まねばならない大きな問題提起であるように受け止めている。もちろん、反・反相対主義の不断の闘争のように答えることも1つの回答であろう。もしくは呉叡人氏など近年の台湾の論客が提示するように、エスノ・ナショナリズムから市民的ナショナリズムへの移行を試みることも1つの戦略だろう。あるいは、やはり台湾のオードリー・タン氏がよく言及するデジタル民主主義論のように、ピープルとネイションの間の信託の問題を、(技術および社会の)システムによってつくりかえる選択肢も見えてくるかもしれない。ここにおいて、「民俗」的なテーマは、大いに「哲学」的なテーマと交わっていくだろう。

 

報告者:前野清太朗(EAA特任助教)