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2022.03.23

【報告】第5回EAA「民俗学×哲学」研究会

 

 2022年3月11日、第5回EAA「民俗学×哲学」研究会がオンライン上で開催された。今回の報告者は川松あかり氏(東京大学総合文化研究科博士課程)である。川松氏には、昨年度の教養学部全学自由研究ゼミナール「人文-社会科学のアカデミックフィールドを体験する」においてゲスト講師(報告書 https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/academicfields6/)を担当していただき、そのご縁で今回の報告を担当していただいた。本研究会第3回では、塚原伸治氏(東京大学)に「地元出身」の民俗学者として書くことについて報告を行っていただいたことを受け(https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/blog/report-20220114/)、川松氏には「よそ者」の民俗学者として聞くことに関連したお話をしていただいた。報告タイトルは「語り継ぐことと、「無縁の縁」 ~福岡県筑豊における炭鉱の語り継ぎを題材に~」である。

「はなす」人のことばをその語るままに聞く「聞き書き」のスタイルは、日本民俗学の伝統的なスタイルである。しかし第二次大戦後急速に進んだ民俗学のアカデミズム化のなか、「聞き書」いた成果は個別の学術著作に結晶していくのみで、「はなす」ことが連鎖的に生む創造的側面はしばしば看過されてしまった。近年の民俗学における、「はなす」ことへの再着目と、川松氏が長らく調査をおこなってこられた福岡県筑豊旧産炭地エリアの、人々の語りをめぐる諸活動は密接にリンクしている。ルポルタージュ作家の上野英信(1923-1987)は、大学を中退し自ら炭鉱労働者として筑豊の小鉱山で働いた経歴をもつ。彼の著作『地の底の笑い話』(岩波書店、1967年)の一節は、地元中学校の副読本等に現在では採用されるようにもなっているが、そうした書かれたものの継承がはたして語り継ぎであるのか。そもそも上野は「サークル村」(谷川雁・石牟礼道子らが参画)はじめ労働者自身が「はなす」ことを組織してきた作家であった。炭鉱と労働者住宅(炭住)における「はなし」とは、縁なく偶然に集った人々が、好悪さだかならず濃厚に繋がりあうための媒介であったのではないか。川松氏は炭鉱と炭住の生活経験を持っているわけではないが、好悪さだかならない「はなし」を聞いたことを通じて、容易に語りがたい「はなし」を背負っているように感じるという。そのような「はなし」の重さのなかに、「はなす」ことを生む民俗学の新しい可能性があるのかもしれない。

 

報告者:前野清太朗(EAA特任助教)