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2022.12.28

【報告】EAAワークショップ「東アジアから問う越境の方法」

20221129日(火)にEAAワークショップ「東アジアから問う越境の方法」がEAAセミナー室およびZoomのハイブリット形式で開催された。複雑化・国際化する今日において、境界を乗り越える試みにはどのようなものがあるのか。またその現場からは、いかなる実相が見えてくるのか。本ワークショップでは、異なる分野の実務・研究の専門家をゲスト・スピーカーとしてお迎えし、各々が共有した研究や実務の現場を通して浮かびあがる越境の力学や視点をふまえたうえで、多岐にわたる議論が展開された。

まず、一人目のゲスト・スピーカーである寺﨑新一郎氏(立命館大学)は、経営学・マーケティング分野の観点から「メイドイン・イメージから生じる認知や感情、行動のメカニズム」と題した講演を行った。場所に関連した概念の解説や、カントリー・バイアス研究の変遷を共有すると共に、原産国の製品イメージやブランドの態度への影響等、消費者の認知構造の多層性、そしてグローバル化に伴いより複雑化するその構造を詳解した。

二人目の登壇者である小塚泰彦氏(株式会社morph transcreation)は、「トランスクリエーションが拓く新しい『意味』の可能性」というテーマで、創訳(transcreation)とは何か、その力学を夏目漱石の名言や英語圏における明太子の創訳の例、そしてこれまで自身が携わってきた様々なグローバル企業等とのプロジェクト紹介を通して説明し、異なる言語圏・文化圏における新たな意味の付与を通して、新しい共感の創造を探求する創訳の現場から見た越境のプロセス・実践の方法を共有した。

つづく戸矢理衣奈氏(東京大学生産技術研究所)による講演「生産技術研究所における「文理実融合」の展開」では、東大EMP(エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)での経験や生産技術研究所における文理実融合の実践など、異分野の緩衝地帯ならではの様々な試みが紹介された。工学系領域だからこそ実現し得る有機的な人文・工学の融合の実相やネットワーク構築の紹介に加え、複雑化・多極化する世界において通用する課題設定能力(あるいはそれをめぐる思考力)・解決能力の重要性、またその養成の必要性が強調された。

左から小塚泰彦氏、寺﨑新一郎氏、戸矢理衣奈氏、石井剛氏

後半の部では、石井剛氏(EAA副院長)によるコメントを起点とし、総合討論が行われた。石井氏は、本ワークショップのテーマとして用いられた「越境」という言葉そのものに対する違和感、すなわち「境界」を有する存在であるという前提・認識そのものに対して疑問を投げかけた。そして、他者との接触を通した自身を定義できないような有り方、言い換えれば他者との距離を縮める過程において、傷つき合いながらもその訳のわからなさに身を置き、自身を変容させ続けることの重要性を語った。また、コメント内では、前半の講演で提供された話題に絡めた問題提起もなされた。グローバル資本主義において劣勢に立たされる小国とカントリー・イメージとの関係性をめぐる課題や、カントリー・バイアスという装置そのものを乗り越えてゆくような仕掛けの必要性が指摘された他、創訳とは真逆の翻訳手法を採用した魯迅が、その硬訳において日本語の文法を中国語にそのまま置換した結果、中国語の文体が劇的に変容する契機がもたらされた例の紹介もあった。その事例を通して、異化効果を介した新たな言語の創出の可能性が示されるなど、他者との向き合い方に関する多角的な視点が共有された。

今回のワークショップでは、他者との接近に関する多様なアプローチの共有や討論を通して、各分野・専門ならではの他者との向き合い方の特徴が浮き彫りとなった。と同時に、それぞれの抱える将来的な課題や、今後可能性が拓かれ得る領域への手がかりが少なからず照らし出されたように思う。普段自身が慣れ親しんだ専門領域内での議論では顕在化することのない問題意識や、自身の専門領域から一歩を踏み出したからこそ初めて訪れる豊かな発想との遭遇が実現した知的刺激に満ちた空間であった。異分野の研究・実務の専門家が集い、共通の問いを多様な切り口から議論する場の大切さを改めて認識させられた充実したひとときとなった。

 

報告者:片岡真伊(EAA特任研究員)
写真撮影:郭馳洋(EAA特任研究員)