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2022.12.14

【報告】第11回 EAA「民俗学×哲学」研究会(1日目)

20221210日(土)13:00より、第11 EAA「民俗学×哲学」研究会が開催された。徳島県三好郡東みよし町にある「おおくすハウス」にてハイブリッド形式で行われ、田中有紀(東洋文化研究所)が「中国音楽史における「民俗×哲学」」として報告を行なった。 山泰幸氏(関西学院大学)が司会を務め、最初に張政遠氏(総合文化研究科)より挨拶と本研究会の趣旨についての説明があり、また、コメンテーターは柳幹康(東洋文化研究所)が務めた。

中国音楽史に関する研究は、フィールドワークを中心として演奏形態や伝承について明らかにする方法のほか、思想史あるいは中国哲学として研究する方法もある。そもそも現在の中国音楽史研究は「民俗学」「哲学」のほか、芸術学・歴史学・文学など多角的アプローチで行われている。形が残っていない音を研究する、つまり「音楽」そのものを研究することが出来ない以上、中国学の他の分野と比較し、中国音楽史は様々な分野からアプローチすることが必須となる。

本研究会のテーマである「民俗学×哲学」を中国音楽史の中でどのように考えるべきだろうか。中国の音楽が、古くから経学、すなわち儒学の学問として扱われてきたことに鑑みれば、それは「哲学」なのかもしれない。しかし同時に、中国の音楽を語る際、民間で親しまれ演奏され続けてきた「俗楽」の存在は無視できない。このように捉えれば中国音楽史は必然的に「民俗×哲学」の視点で研究されるべきものなのだ。本報告ではこのような中国音楽史のあり方について、まず近代における先駆的な中国音楽史研究を振り返りながら考察した。近代の中国音楽史研究者が、近代中国(あるいは東アジア)に、いかなる楽が必要かを考察する中で、共通して重視したものは「俗」と「雅」が融合する隋唐期の音楽、そして孔子の音楽論に代表される精神性である。本報告では続けて、魏晋南北朝時代から隋唐期に至る音楽の歴史を紹介し、雅楽自体が俗楽を組み込み変質したこと、さらには雅楽・胡楽・俗楽全体で「中華の楽」を形成しようとしたことを指摘した。また儒学の音楽論においても、民間音楽は無くてはならないものとなり、最終的には俗楽自体が聖人の理想とした音楽になりうるという発想も登場したことを指摘した。

報告に対し柳は以下のようにコメントした。本報告が取り上げたことを要約すれば「聞こえない音を聞く」ということだが、これは民俗学の「書かれていない資料を読む」ということに通じるのではないか。残された文字資料は限界があり、人々にとって当たり前の「日常」ほど記録されなくなってしまう。その限界を乗り越えるため、暮らしを営む私たち自身を「歴史が刻み込まれた民俗資料」とみなし、そこから歴史・社会・文化を読み取ろうとする営みこそが民俗学である(参照:菊地暁『民俗学入門』岩波新書、20221月)。「聞こえない音を聞く」ために、中国音楽史では芸術学・美学・文学・歴史・哲学などに散りばめられた様々な痕跡から、人々が好み奏でた音楽を読み取ろうとするのである。以上のコメントの後に以下二つの問題が提起された。一つ目は、理想とされる「古楽」に対し、古いだけの音楽が「旧楽」と表現されるように、正統とされる音楽は古ければよいというわけではない。正統と歴史は、どう理解されるべきなのか。もしくはその議論から何を汲み取れるのだろうかという問いである。二つ目は、本報告で理想型として示された様々な「古楽」の中で、報告者が良いと考える音楽の形はいかなるものなのか。また、私たちがそこから学べることは何かという問いである。

一つ目の問いに対し報告者は、中国音楽史において正統とされうる条件として、歴史的な古さよりも、やはり音楽を制作する者・奏でる者の精神性が重視されるのではないかと回答した。また二つ目の問いに対しては、報告者の考える「よくできた」音楽として、朱載堉の音楽論が挙げられ、それまでの儒学の音楽論の集大成とみなせるが、その後の音楽史で広く受容されることがなかったという事実に鑑みれば、必ずしも理論的にうまくいっているものが、人々に受け入れられるわけではないと述べた。

正統/歴史の問題、あるいは中国音楽史で理想とされる音楽の形から我々が何を学べるのかという問題は、我々が音楽という事象に向き合う際に、何を「私たちらしい」文化とし、自分だけが満足するのではなく、その美しさを外へ向けて発信・説得するにはどうしたら良いかという問題とも関わってくるだろう。

研究会終了後、EAAメンバーは、山氏そして京都大学から参加した様々な専門分野の研究者とともに、「三好素人農事研究會」による餅つき・蕎麦試食会に参加して議論を続けた。地元の方々による音楽演奏も行われ、まさに「民俗学×哲学」を体現するような一日となった。

報告:田中有紀、柳幹康(東洋文化研究所)