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2020.11.20

第3回 日中韓オンライン朱子学読書会

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1031 日(土)日本時間 16 時より、第 3 回日中韓オンライン朱子学読書会が開催された。これまで同様、EAA のほか、清華大学哲学系、北京大学礼学研究中心、科研費基盤研究(B)「グローバル化する中国の現代思想と伝統に関する研究」との共催である。

今回は田中有紀(東京大学)が司会を務め、中嶋諒氏(明海大学)が 2014 10 月に出版した『陸九淵と陳亮―朱熹論敵の思想研究』(早稲田大学出版部)の第二部「『象山先生文集』の諸本について」をとりあげ、報告を行なった。

 

一般的に、陸九淵(11391192)は王守仁の先駆とされ、「陸王心学」と呼ばれる。しかし現存する陸九淵の文集(『象山先生文集』)には、王守仁あるいはその周囲の人物が意識的に改変した痕跡が見受けられるが、これまで陸九淵の文集に対し文献学的な考察はあまり行われてこなかった。

『象山先生文集』の諸本は、陸持之編纂本の系統に属するもの(明の陸時寿刊本、陸和刊本を経て、現在、中華書局の『九淵集』に収録)がその主流を占めていたが、明の正徳年間に王守仁の意向を反映したと思われる李茂元刊本(清・四庫全書『象山集』に収録)が刊行された。陸持之編纂本系統の文集では、基本的には書簡を年代順に並べるが、邵叔や朱熹への書簡巻一、巻二に移動されており、これらの内容については、陸九淵が自らの自信作であると述べている。一方、李茂元刊本には、「聖人之学、心学也」という一句で始まる王守仁の序文があり、李茂元が王守仁に序文の執筆を依頼した経緯についても記されている。書簡の配列については、「心即理」の句が唯一見える「与李宰」二が、陸持之編纂本系統では、巻十一に収められていたにもかかわらず、李茂元刊本では巻二に収められている。「心即理」は、王守仁とその後継たちが好んで用いた句である。また、無極太極論争を主題とする書簡群を収める「与朱元晦」一~三を、巻十二に紛れ込ませている。これは朱陸の異同をいうことに消極的だった王守仁の意向を反映している可能性がある。陸九淵がそれほど哲学的な意味を帯びさせずに用いた「心即理」の一句は、王守仁以降の時代になると突如注目されるようになり、陸九淵があたかも「陸王心学」の開祖のように認識されていくのは、王守仁が活躍する正徳年間以降に、人々が作り出した虚像だといえるのではないか。

以上の報告に対し、参加者からは多数の質問が寄せられた。たとえば、李茂元刊本の影響はあるのか、陸九淵自身は本当に心学を意識していなかったのか、王陽明とは異なるが「心」について考察していたのではないか、朱熹の「心」の理解との違いは何か、さらには、「性即理」の朱子学と「心即理」の陽明学という構図に対して、報告者はどのような立場をとるのか等、議論は中国思想研究における様々な重要テーマに及び、大変有意義なものとなった。

報告者:田中有紀(東洋文化研究所准教授)