2019年度秋学期のEAA読書会(「文学と共同体の思想」)の第四回

2019年度秋学期のEAA読書会(「文学と共同体の思想」)の第四回は、2019年11月12日に東京大学本郷キャンパス・EAA本郷オフィス(東文研208号室)で行われた。今回は丸山真男の福沢諭吉に関する二つのテキストを中心に進めた。担当者建部良平氏はまず文章の内容と自身の疑問を提示し、それをめぐって討論した。

 

戦後まもなく書かれた「福沢諭吉における『実学』の転回」と「福沢諭吉の哲学」のなかで、福沢の唱えた近代自然科学及びそれに基づく近代的自由観が画期的な思想史的転回になるのは、アンシャン・レジームの自然と社会と一体化した思想を解体させたことにある、と丸山は指摘した。またそれを支えた福沢の哲学とは、単一の価値観に執着せず、その場その場に応じて「進歩」に向けて決定を下すというプロセスで表れる思惟様式、言い換えれば「強靭な主体性」である。建部氏はそれに対して二つの疑問を呈した。まずは「強靭な主体性」について、丸山が「強靭」と評した福沢の主体性はその流動性とはどうつながっているのか。丸山は流動性を福沢の「強靭」さとみなしているようである。そうだとしたら、竹内好がやや批判的に提起した日本思想における「転向」とはどう区別できるか。さらに、竹内の「回心」や前回も取り上げた酒井直樹の「抵抗」における主体性をどう理解するか。また、丸山が「福沢諭吉の哲学」の最後に、「戯れの人生」と「真面目な人生」と相互に機能化することによって精神的主体性へと到達すると提示したが、その「戯れの人生」についてさらなる説明がないため、理解しにくい。

王欽は主体性について、竹内の魯迅論と丸山の福沢論を理解するために、竹内の福沢論を介せば助けになると指摘した。竹内が『日本とアジア』で考察した福沢の文明論は、ヨーロッパに仲間入りできなく、アジアから「脱却」もできないとの緊張関係でこそ成立したものである。しかし明治政府の政策によってこうした緊張が解消され、その主体性を支えたエレメンツもなくなった。それで竹内にとって、革命が失敗した中国にある魯迅のような主体性の在り方がうきぼりになったのである。
続いて、張瀛子は福沢が文明の基準とする「進歩」とは具体的になにかと問った。建部氏は福沢にとって「進歩」には何かの基準があるより、これで問題が解決できるという見方の性格が強いと答えた。さらに王氏は当時国際関係をリードしていた、いわゆる「ヨーロッパ共同体」に参加しようとする考えが福沢にとって大きな「目標」だと説明した。また丸山がそういった「西欧国家」像を二つのヴェクターに分けて理解していると王氏は補足した。「近代化」との基準では確かにヨーロッパが「進歩的」である一方、地理的、現実的に見れば、ヨーロッパ型の近代国家制度は必ずしも近代化の理想形ではなく、あくまで効率の良い選択肢に過ぎないと。
具ユジンは「脱亜論」で知られる福沢像と戦後日本民主主義の旗手である丸山像のあいだのズレを提示し、丸山が福沢を再評価する意図とはなにかとの問いを投じた。また福沢のいわゆる「東洋と西洋との介在役」という国際関係の発想は現代日本の「ミドル・パワー」論にも延々と継がされているか。建部氏と王氏は福沢の「脱亜論」を歴史的に理解する必要があると答えた。坂野潤治や中島隆博などの研究によると、福沢は「儒教的」旧体制(アンシャンレジーム)に強く嫌悪感を感じて、そのために中国や韓国の反体制運動を支持したが、革命の失敗を受けて「アジアの悪友」から離れようとの主張になった。そこでも「進歩」という基準が働いている。丸山はまさにこの「進歩」に対する態度を戦後の日本社会において、「近代性」の成立という目標でより普遍的視座で再解釈するのである。これは先ほど佐藤麻貴と胡藤の疑問に関連する。より「普遍的」視座で福沢の近代論を再評価しようとする丸山は、なぜ福沢の哲学を「変動的」に捉えるのか。個々の事例を取り出す哲学とはどいう意味を持つだろうか。
話題が建部氏が提起した第二問に移っていくが、今回その問題について結論を出なかった。ただデリダとシュミットの「戯れ」論を比較した結果、丸山がそれと別のものに注目していると皆で確認した。ここで丸山のテキストの討論が終わり、さらに現代の国際事情などについていろいろな話がありますが、ここで一旦筆を置きたい。今回の読書会で、前の世代の人によるさらに前の世代の人への読解をともに読むことで、それぞれの知見を交わし、視野を開くことは、人と人とのつながりを確実に築き上げていくと深い感銘を受けた。

報告者:胡藤(EAA RA)