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2023.05.11

【報告】Universalizing Philosophy for Wisdom (Prof. Gert Scobel × Prof. Takahiro Nakajima)

 202359日(火)、スコベール氏(Gert Scobel, ジャーナリスト・作家)と中島隆博氏(東京大学)の対談”Universalizing Philosophy for Wisdom”EAAセミナー室およびZOOMで行われた。スコベール氏はドイツの哲学者であると同時に、作家・ジャーナリスト・TV番組企画者でもあり、複数のジャンルを横断して幅広く活動している。

 英語で行われたこの対談は複雑性(complexity)に関するスコベール氏の議論から始まった。知恵(wisdom)を複雑性の問題に結びつけたスコベール氏によれば、複雑性は単に物理学や数学で扱われる問題とみなされがちだが、実は私たちの実生活と深く関係しているものである。とくにコロナ禍以来、科学、環境、医療システム、交通、物流という世界の各部分の内在的連関と相互影響は以前に比べてより強く感じられており、世界の複雑性も人々に意識されるようになったという。私たちの生活は単に時間軸に沿って一直線的に進行するものではなく、つねに実存的で複雑な問題、すなわち複雑性につきまとわれているが、そういった問題を解決してはじめてよりよい生活の構築が可能になる。そして複雑性に対処できるのは自然科学の知識に還元できない知恵だとスコベール氏が考えた。氏の見方では、複雑性は腕時計のような精密機械の複雑さと違って、むしろ交通システムのように複数の要素が内在的に連関しつつ互いに影響を与えて変化させる、フィードバックのシステムである。また、そこから生じた現象について様々な情報・データを用いて記述することはできるが、システムそれ自体は予測不可能だという。氏の新著Complexify Your Life2024年刊行予定)が取り組むのはまさに私たちの生活における複雑性の問題である。

 スコベール氏による提題を受けて、中島氏はまずいわゆる「東洋の知恵」対「西洋の哲学」という図式にあるヒエラルキーを指摘しながら、知恵と哲学の区別について質問した。また、テクストへのオルタナティブな読み方にも関心を寄せ、複雑性の時代において、知恵に関わりつつテクストを読むにはどのような態度をとればよいかという問いを投げかけた。中島氏に対するスコベール氏の応答において、本対談のもう一つのキーワードである「非-知」(not-knowing)が提起された。スコベール氏からすれば、知恵が関わる複雑性の領域はこの「非-知」にほかならない。次に展開されたテクストの読み方をめぐる討論において、中島氏は中国の禅宗を例に挙げ、禅僧がテクストを相対化しつつも禅師との対話で悟りを開くということを踏まえて、知恵はメンター・他者との関わりからしか得られないものであり、そこに一種の関与的思考が働いていると論じた。
 上記の話題と関連して、対談はさらに知恵のための「心」(mind)の鍛錬、2011年の福島地震以後とコロナ禍によるロックダウン期間における心のケア、そうした実践と共同体との関係へと話が弾んでいった。その後、会場からも「魂」の問題、知恵の普遍化可能性、ソクラテスにおける「無知の知」、知恵の有効性およびメンターの位置づけなど、様々な角度から質問が寄せられ、知的な刺激に溢れた議論が続いた。中島氏の述べたように、「非-知」は知識の欠如よりも、むしろ世界・知に対する一つの態度である。それがまた哲学の本来あるべき姿ではないだろうか。

報告:郭馳洋(EAA特任研究員)
写真:伊野恭子(EAA学術専門職員)
深田めぐみ(EAA学術専門職員)