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2021.05.18

【座談会】明日の学問を試みる ― 2020年度の活動を振り返って (上)

【座談会】明日の学問を試みる ― 2020年度の活動を振り返って (上)

EAAではこのたび2020年度の活動を総括する年次報告書『のぞみを灯す』(https://www.eaa.c.u-tokyo.ac.jp/publications/eaa-activity-report-2020/)を刊行しました。以下、上・中・下の3回にわけて年次報告書掲載のEAAオフィススタッフ座談会記事を公開いたします。

 

 

はじめに

 

 2021年1月22日、EAA 本郷・駒場両オフィスメンバーが集まって、2020年度の活動を振り返る座談会を開催しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行というかつて経験したことのない事態のもとで、わたしたちは、次の時代への道を切り開くための活動を研究・教育の両面から行ってきました。危機の時代だからこそ、そこで行われる営みは必然的に、新たなチャンスを呼び寄せるためのものとなります。この年次報告書のタイトルである「のぞみを灯す」が示すように、わたしたちは自らの手で明日の光を灯すべく日々の仕事を続けてきました。この座談会ではそれを支えてきたわたしたちの「のぞみ」の在処を明らかにしたいと思います。

(東アジア藝文書院副院長 石井剛)

 

 

社会的想像力を問い直す

 

石井剛(EAA副院長):今日は、わたしたちEAAが2020年度にいったい何をやってきたのかについて、みなで振り返ってみたいと思います。この一年は言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行という状況下で、わたしたちの生活すべてのあり方が大きな変更を迫られた常ならぬ年でした。EAAもその中で対応を迫られたのですが、それはただ単に機械的に感染予防対策をしたというような話では全くありません。この状況、この条件の中から新しい学問を開くための準備を一年かけておこなってきたのです。年次報告書のタイトルを「のぞみを灯す」と題したのは、まさにそうした取り組みの背景にある思いを表現したものです。学問はつねに希望を指し示すものでなければなりません。暗い時代においてこそそうです。わたしたちは「東アジアからのリベラル・アーツ」という趣旨から出発して、この困難な時代の先にある未来に進むべき方向を具体的に示すべきです。それは暗闇のなかのろうそくの灯火のようにわたしたち一人一人にとっての希望になるはずです。その意味で、この一年は、実は希望の一年であったとわたしは思っております。

 中島隆博院長は、パンデミックによって明らかになったのは、「既にあった問題」であると強調しています。なぜそれが顕在化してきたのかと言えば、それは必要な「手当て」をわたしたち人間が怠ってきたからではないか、行っていたとしても不十分だったからではないか、というのです。ですからいまからでもそれをやり直さなければならないと。そして、そのための導きのひとつとして「生の形式」(ジョルジョ・アガンベン)について

考えるべきだと仰っています。この中島さんの問題提起は、今日の座談会の中できっと通奏低音として反響し続けるだろうと予想しています。

 

中島隆博(EAA院長):一年を振り返るというのは非常に大事なことだと思いますし、どう振り返るかということ自体が問われるべきでしょう。つまり、今までのように一年を振り返るのでは済まない、全く新しい事態が今年度には生じてしまったわけですよね。ですから振り返り方自体も考えなきゃいけないなと思っております。COVID-19のパンデミックが全世界を覆う中で、わたしたちの社会的想像力が繰り返し問われてきました。今までの社会を作り上げてきたものは、もちろん非常に物質的なものとか、制度的なものもありますが、やはりわたしたちの想像力というのも重要な一つです。その全てがこのパンデミックで問い直されてきたと思います。これは、EAAにとっては非常に重要な課題を出されたなと。それに対してどのように応答し、挑戦するのか。EAAの存在理由に関わるようなものとして、わたしたちは今回のパンデミックを受け止めました。

 石井さんがおっしゃったように、やはり「既にあった問題」―格差の問題や非倫理的な消費など―があらためて浮上したわけです。それらは待ったなしの課題としてあったわけですけれども、それに対して手当てができていなかった。そのことを後悔しながら、しかし、後悔したままではしょうがないので、対応していかなければいけないと思います。わたしたちの社会に対してどのように関与していくのか、参画していくのか、それが問われているのです。われわれは学問を新しくつくるプラットフォームとしてEAAを機能させようと考えているわけですから、こうした課題に対してどう立ち向かうかというのは非常に重要なことだったと思うんですね。

 石井さんが、「できることは全てやる」と言って、オンラインを使いながらいろんな可能性を模索したのですが、それは単にオンラインの可能性を広げるというだけではなくて、やっぱりわたしたちの言説をどう鍛えていくのか、概念をどう変えていくのか、それが最終的には社会的想像力、変容につながっていく、そういう希望をEAAが導き出そうとしたと言えるかと思います。そういう一年だったなという気がいたします。

 幸いに、EAAは前の年から始まっていますので、ある程度準備ができていました。そのおかげで、この一年もそれなりに前に進むことができたと思います。それはひとえに、EAAのメンバー、そして、EAAに関わってくださった多くの方々のおかげだと思っております。この歩みをこれからも緩めずに、さらに強くしていきたい。それによって、わたしたちが大学、あるいは社会に貢献する手掛かりというのが出てくるんじゃないかと思っております。ですので、今日のこの振り返り自体が一つの出来事だとわたしは思っております。

 

 

オンライン・コミュニケーションの可能性と不可能性

 

石井:まず時系列に沿って話をしていきたいと思います。

 わたしたちのCOVID-19パンデミックとの関わりは、ちょうどいまから一年ぐらい前に始まっています。記録を振り返ってみると、北京大学側から、2月9日から14日に予定されていた冬の集中講義への学生の派遣を中止したいという連絡が1月26日にありました。翌27日に中国政府が団体旅行の海外渡航全面禁止を打ち出すことになったので、それを受けて大学としてすべての海外派遣プログラムをストップするということでした。また、3月21日に企画されていた「一高中国人留学生と101号館の歴史」シンポジウムも延期を余儀なくされましたね。

 その間、わたしは副学部長として、北京のみならず、海外の様子、そして本学における対策については見聞しておりました。実は、EAAがこれまでずっと培ってきた国際交流が本学の授業オンライン化に向けて、大切な役割を果たしたと、五神真総長、福田裕穂理事、太田邦史総合文化研究科長の鼎談の中で紹介されています。というのは、わたしが北京大学に電話をして、あちらで始まっていたオンライン授業のやりかたを詳細に聞いて、太田研究科長に報告したのです。これが、教養学部がオンライン化に大きく舵を切った転換点だったと認識しています。

 EAA では、予定されていたイベントをオンラインに切り替える作業を3月中に行いました。4月1日の「世界教養学」座談会もそうですが、東京大学における2020年度最初のオンライン学術イベントはEAA がやったと言って間違いないと思います。さらに、4月22日には「感染症の哲学」をZoom Webinar を使って実施しました。ソウルから金杭さん(延世大学)、香港から張政遠さん(EAA 教員、当時は香港中文大学)をお招きしました。これに続いて8月26日に行われた「感染症と文学」では、ウェリントンのデンニッツァ・ガブラコヴァさん(ヴィクトリア大学ウェリントン)もお招きしたのですが、オンライン国際会議は時差が近接していれば簡単に参加できるのが大きなメリットですね。

 その後、5月後半になると、今度はどうやって対面とオンラインのハイブリッドな環境を作っていくのかが問われ始めます。そこで101号館のセミナー室にハイブリッド用の機材を導入しました。座談会シリーズのひとつ「テクノロジーの時代における人間の学問」(7月14日)をハイブリッドで開催したのが、EAAで行った最初の事例ですね。

 北京大学との交換留学も、EAAが始まったときから一つの大きな目玉でしたが、2020年に初めて実現することができました。オンライン留学というかたちでAセメスターに北京大学から4名の留学生が、東アジア教養学の授業に参加しました。全学交換留学がストップしていますから、東大全体で見ても稀少なケースであったはずです。

 

具裕珍(EAA特任助教): EAAは初動がすごく早かったと思います。「世界教養学」座談会ですが、3月19日の日付のメールではまだ101号館の11号室で開催と書いてありました。みんなまだZoomとかに不慣れで、わたしも、大学で提供する説明会などをちょっと聞いただけで、もう学術イベントをセッティングすることになったのでたいへんでした。その上さらにWebinarにも挑戦してみましょうということで、「感染症の哲学」オンラインワークショップを開きました。國分功一郎さん(総合文化研究科)がTwitterで情報を流してくださったおかげで、200名の参加者が集まって大盛況だったのですが、準備の時はみんなドキドキしていたので、一緒にリハーサルやシミュレーションをしました。結果的には、いち早くこういうオンライン・イベントを運営してノウハウもそれなりに蓄積できたと思います。

 

石井:オフィスワークもオンラインを使った在宅勤務に切り替わりましたね。しかし、そういうことを続けていくうちに課題になったのは、オンラインによって明らかになったある種の不可能性です。ですので、初夏以降はむしろオンラインの限界のほうにこそ、学問として重要なポイントがあるだろうというふうに焦点がシフトしていきます。その初歩的な試みとして、EAAラジオは大事な契機になったと思っています。髙山さんのアイデアで第1回が5月13日に行われているんですよね。

 

髙山花子(EAA特任助教):EAAは、実質的に2月の半ばから在宅勤務が続いていたんですね。それで、4月の後半になった時点で、われわれの間で、メールやZoomで共有されてきたことへの疲れが顕著になってきました。身体的な疲労が非常に蓄積するのです。パソコン画面の前に長時間固定されて、視覚的な負担が多くなりました。もう一つは、授業や会議はオンラインである程度できるんだけれども、その間の時間がほぼ失われてしまった。例えば、雑談をするとか、休憩をするとか、お茶を飲むということができなくなってしまったのが、これは結構ストレスになっている。われわれの生活に、本来はそういった余白というのが非常に多くあったんじゃないか、それを何とか取り戻せないかと考えてみました。

 

前野清太朗(EAA特任助教):リモートワークは、意外と心と心の間の距離というのは非常に近過ぎるようにも思いました。

 

髙山:そういうことがあって、EAAラジオの最初の企画文書には、「緩やかな距離のあるつながりを」というコンセプトが示されています。こういうタイトルをわたしが作ったのがその文書に残っています。他愛のないお話をラジオを通じて試してみようということで、週1回15分(現在は10分)で始めました。

 始めていくと、意外と聞いてくださる方がいて、スタッフの間でおしゃべりの代替のような役割を果たせるだけでなく、外の人たちも、実は、そういったどうでもいいような、聞き流せるような話に飢えていたということがしみじみと感じられました。EAAラジオはいまでも続けていますが、新しいリベラル・アーツを音声メディアとして発信していくきっかけや実験にもできるのかなと考えています。

 

張政遠(EAA教員):わたしは10月に日本に入国したのですが、当初は14日間の自宅待機も経験しました。その中で、いちばん貴重だったのは読書をしたことです。つまり、わたしたちの今の仕事は、研究や教育現場で使う目的で、ただ人に伝えるためだけに本を読んでいます。しかし、自己隔離中には、いろいろな本を読むことができました。その中でいちばん印象にあるのは、「コロナ時代を生きるための60冊」の一つとして取り上げられた森裕治の『山の上ホテルの流儀』(2011年)という本です。その本の中で、こういうふうに言っています。つまり、このホテルでは、家庭に準ずる生活を重視するのだと。ふつう、家庭は家庭、ホテルはホテルという分け方があるんですけれども、そうじゃなくて、本来、家庭で行われてきたことが何らかの事情で家庭の外で行われるのだと書かれています。非常に印象深いです。これは、大学のあり方について考える場合にもヒントになるとわたしは考えています。まさに大学も、本来、キャンパスで行われてきたことが、いま事情によって大学外で行われていますね。オンラインによって自分のそれぞれの家で大学の仕事をすることで、家庭と大学の境があいまいになってきたということをあらためて考えないといけないなと思います。

 

マーク・ロバーツ(EAA特任研究員):これは結局、わたしたちが活動する空間をどう構築するかという問題になりますね。1980年代のころ、カリフォルニアでメディア空間の探究として、物理的には同じ場所にいるわけではないけれど遠隔的に存在しあって、共同作業をするという技術がすでに模索されていたのを思い出します。それを教育に活かそうという試みもそこにはありました。その中では、いまのiPadにもつながるような機械も発明されたりします。これらについても多くの研究がありますので、関心があれば調べてみるとおもしろいでしょう。これからわたしたちが研究と教育を進めていくための空間がどのようにあるべきかを考えるためにも有効だと思います。

 

 

オンライン国際会議の課題と展望

 

石井:オンラインによって、国際的につながることが簡単にできることは最初からわかっていたのですが、一方で、オンライン・テクノロジーはかなり脆弱だとも感じます。

 つまり、どのプラットフォームを使うかがある種の国際的な政治構造の中にはめ込まれてしまうという現実があります。学問はインフラとしてのテクノロジーの政治から自由であるべきです。それで、実はTencent Meeting(VooV Meeting)もかなり積極的に活用しました。それを使って、中国を中心とする他の国々との関係も何とか拡大していきたいと思ったわけです。

 

王欽(EAA特任講師):華東師範大学との最初のシンポジウムが5月25日にVooV Meeting で行われました。第2回(12月21日)もそうです。

 

田中有紀(EAA教員):わたしが担当している日中韓オンライン朱子学読書会でもTencent Meeting(海外版はVooV Meeting)を使ってやっております。一つの手段だけだと不安定になったときにちょっと怖いので、TencentだったらWeChatと併用するなど、他のアプリと併用して、いかにバランスよくやっていくかということをけっこう気にしていました。WeChatを使って、読書会の前後にいろいろな討論をしたり、気になったことを聞けたり、個人的に連絡が来たりとか、特に中国では、WeChatでどんどん人がつながっていって、今まで知らなかったような先生と知り合えたりとか、そういうところがすごく面白いです。新しい出会いがあったり、何か懐かしい出会いがあります。

 しかし、ある日、台湾大学とやりとりをしたときに、台湾のほうではGoogle Meetを使って、いざというときはLINEでやりましょうということなので、全然違うなと。Google MeetもLINEも、中国大陸では使えないものなので、何か、全然違うなと思いました。

 

石井:台湾ではZoomが使えず、中国ではGoogle が使えませんので、両方とつながるためにCisco Webex を使ったりもしますね。

王:EAAがさまざまなサイトやプラットフォームを活用していくことは大事だと思います。つまり、日本で活用されているサイトとかソフトだけではなくて、世界中のどのサイト、どのソフト、どのプラットフォームが注目されているかを知り、同時に、技術的な面の背後に潜んでいる政治性についても考え、EAAにおいて技術と正義の問題について探究していくのが望ましいでしょう。

 EAAは使っていませんが、中国のbilibiliというサイトはニコニコ動画によく似ていて、実に面白いサイトだと思います。ライブ配信はもちろんのこと、国際政治、歴史、さらには、日本の歴史についての動画も含めて、たくさんの学術的なコンテンツがアップされていて大人気です。

 

石井:重要な指摘ですね。単にそれぞれのプラットフォームの背後にどのようなイデオロギーがあるのかということ以上に、オンライン・プラットフォームを使った、ある種の新しい公共空間の開き方には、これまでとは違う意思の表明のしかた、もしくは、意志の形成のされ方が関わってくるので、それを考えるべきだということですね。

 

田中:日中韓オンライン朱子学読書会は、夏ごろに始めて、ほぼ毎月、中国、韓国、台湾の研究者と読書会を行う試みです。この研究会は、わたしが留学中に知り合った趙金剛さん(清華大学)が、朱子学関係のシンポジウムとか研究会を日本の学者を呼んでやりたいので若手研究者を紹介してほしいと頼んできたのが始まりです。そこで博論を出版したばかりの方を集めて、自分の著書で何を論じているかということを結構長い時間をかけてしゃべってもらうという形でやっております。コロナが終わった後には、ここから対面のコミュニケーションが始まってくるのかもしれません。今まではビザの問題や距離の問題で難しかったことが、いまはオンラインで話し足りなかったら、「じゃ、また来月やりましょう」という感じで気楽に集まれるのはとてもいいと思っています。

 

若澤佑典(EAA特任研究員):わたしは英語圏を研究対象・研究活動の場としていますので、異種混交的なことができるプラットフォーム作りをあれこれ試してみました。ウェブサイト上にレビューページを立ち上げ、希望するスタッフが順に英語で書評を書いてアップロードしたり、国外の研究者をオンラインで呼んで英語で討議する場を準備しました。また、海外のカンファレンスやセミナーに参加するだけでなく、「日本ではこんなことやってるよ」という紹介記事を英語で書いてみたりしました。

 わたしはずっとヒュームを読んできたのですが、同時代の中国や日本に目を転じて、18 世紀の世界を一つの広い「面」として探検していくこともできました。同じ時代に別々の地域で生きていた人たちが、なぜか似たような問題と格闘しているという思考の「共時性」は、今日にも言えると思います。どこかまったく違った場に同じようなことを考えている人たちがきっといるはずで、そういった人たちと遭遇する驚きや喜びには、単なる比較とは異なる学問的な意味があると感じます。

 

石井:こうした国際的な交流においては、だいたい30代半ばぐらいの人たちが中心になって活発なコミュニティーが形成されていますね。これは今後、皆さんの活躍なさる長い学者生涯の中で貴重な財産になっていくと思います。その始まりがCOVID-19の年だったということは、しっかり記憶しておくべきでしょうね。

 

 

「【座談会】明日の学問を試みる ― 2020年度の活動を振り返って (中)」に続きます。