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2023.09.28

往復書簡(4) ――山内久明先生への手紙――(工藤庸子)

東京大学東アジア藝文書院(EAA)では、世界文学ユニットの企画の一環で、大江健三郎氏がノーベル文学賞受賞時のスピーチの英訳をされたことでも知られる、駒場時代の同級生、英文学者の山内久明先生(東京大学名誉教授)と、仏文学者の工藤庸子先生(東京大学名誉教授)の往復書簡を、数回にわたって掲載いたします。
第1信 山内久明先生への手紙――(工藤庸子)
第2信 工藤庸子先生への手紙――(山内久明)
第3信 山内久明先生への手紙――(工藤庸子)

往復書簡(4)

山内久明さま

 このところ先生のお言葉を、つまりお原稿をいただきたいという依頼が、少なからず寄せられているご様子。ご多忙な先生が次のお手紙をお書きくださるのを待ちながら、ささやかな雑文をしたためました。中継ぎ、ということで、お許しくださいませ。
 「大江健三郎さん お別れの会」が9月13日、帝国ホテルで行われました。島田雅彦氏による献杯の挨拶に続いて、山内先生がマイクの前にお立ちになりました――「大江さんとの出会いは、1954年の春、大学入学直後の駒場でございました。ある日の昼休み、薄暗い教室に入ると、ただひとり、色白の青年がリンゴをかじっております。それが大江さんでした。クラス雑誌に寄せた自己紹介は、《若くして俗塵に染まぬ光り輝く精神の果物屋》でございました。」*
 会場は感動につつまれました。大江さんの「同時代」的なプレゼンスについての、かけがえのない証言、ということを、わたくしは考えました。そしてまた「ディーセント」という大江文学のキーワードが、活き活きと想起されたのでございます。ほかならぬ「あいまいな(アムビギュアス)日本の私」と題した1994年のノーベル賞受賞講演の中にあることばです。大江さんのストックホルムでの講演の際、山内先生が《英訳についてはもとより具体的な読みあげ方についてまで》協力なさったことを知らぬ者はないけれど(『あいまいな日本の私』岩波新書「後記」、1995年)、いま、そのことを話題にしたいというのではありません。「お別れの会」の白ユリにつつまれた遺影のかたわらで、300人近い参列者の前にお立ちになった山内先生が、「大江さんとの出会いは、1954年の春……」と、よく透る声で語りはじめた瞬間に、わたくしはただ、「ディーセント!」と、ほとんど条件反射のように、心中でつぶやいてしまったわけなのでございます。
 山内先生ご自身による註釈を、あらためて読んでみたいと存じます。『季刊 文学』(岩波書店1995年春)の「特集=大江健三郎」に掲載された「ことばの文脈――『アムビギュアス』と『ディーセント』」と題したエッセイより。

大江氏の受賞講演のもうひとつのキーワードである「ディーセント」(decent)も、まさに本来的に多義的である。その意味は、(一)場所・場合・状況などにふさわしい、(二)外観などの趣味がいい、(三)行為・ことばにおいて品位がある、(四)生活様式やマナーが地位・職業などにふさわしく品がいい、(五)相応によしとされ得る、などなど。総じて人に関して誰かが「ディーセント」であるという場合には、良識があって突飛なことはせず、誠意があって裏切るようなことはせず、理知的で狂信的になることもなく、スノッブでもないような人のことであろう。

 もちろん、この文章を、大江さんはお読みになった。そして心中でこうつぶやいた――「そうなんだ、山内クン、キミはずっと、そういう人だった、この先もずっと、ディーセントな友人でいてくれるだろう?」……もちろん、もと文学少女の荒唐無稽な空想に過ぎません。
 ところで上記引用は、山内先生の「ディーセント」註釈の、導入に当たります。つづくご指摘によれば、大江氏は「ディーセント」がジョージ・オーウェルに由来することを断っているが、それは《膨大な量にのぼるオーウェルの作品を隈なく読み漁ってノートにとり、文脈を慎重に確かめたうえで》このことばを選んでいるという事実を示唆するはず、とのこと。
 ここで、山内先生の凝縮された「オーウェル論」が「大江文学」の読み解きへとつながるプロセスをかいつまんで――「ディーセント」ということばは《イギリスの階級社会に密着したことば》であり、本来的には《中産階級の道徳》に帰属するものだった。しかしオーウェルは、これを《労働者階級も含む「ディーセントな庶民」》という捉え方に拡大したのであり、そのことはオーウェルが、敬愛するチャールズ・ディケンズを論じた次のことばからもうかがえる。《自分が負け犬の側、強者に対する弱者の側に立っているという意識……ディケンズの知的世界においては庶民が息づいているのに対して、現代の知識人はほとんどある種の全体主義に走ってしまったのである。マルクス主義あるいはファシズムの観点からは、ディケンズの立場はほとんどすべて(ブルジョワ道徳)との烙印を押されかねない。》
 そういえば『キルプの軍団』には主人公の少年が、ディケンズの『骨董屋』を原書で読むという話がありましたね。あれも確かに「ディーセント」な貧しき者たちの物語……『動物農場』や『一九八四年』など、全体主義批判の政治的寓喩小説を書いたオーウェルはいうまでもないけれど、ディケンズもまた――大江さん自身の用語を借りるなら――政治的に「ラディカル」でありうるということ、すっきり納得いたしました。オーウェルの特徴のひとつは《社会の中心から周縁へと自己を追いやったこと》であると山内先生は言い添えて、これを《周縁の日本の、さらに周縁の土地に生まれ育った私》というノーベル賞受賞者の「自己規定」に重ね合わせておられます。かくして「ディーセント」は、生き方の品位であると同時に、政治的なものに深くかかわり、文学に内在する思想となる。教条的な左翼やイデオロギーに凝り固まった者たちが「大江文学」を理解しえないのは、まさしく「ことばの文脈」ということに無知であるから、と思い至ったしだいです。
 最後に一言、日仏比較論。おっしゃるように「ディーセント」は《イギリスの階級社会に密着したことば》。フランス語のdécentには、さほどゆたかな社会的含意はありませんし、そもそも1990年代に駒場で同僚だった先生方を思い起こせば、フランス系の年長者たちはむしろ、ある種の美意識として「都会的なワル」への共感をいだいておられたような気もします(ちなみに「ワル」ということばの文脈は、プルーストが『スワンの恋』の文化的に洗練された主人公を形容していうmufleです)。それもまた、ブルジョワ道徳に絡めとられぬラディカルな政治性につながっているのではないか、と感じておりましたが、なにぶん30年も昔の話でございますから、わたくしの記憶もあいまいなもの。もちろんambiguous ではなくて vagueな記憶ということで……
 ようやく涼風が吹きはじめたようでございます。長い酷暑のお疲れが出ませんよう、くれぐれもご自愛くださいませ。

 9月23日  工藤庸子

* 当日の動画は「時事ドットコム」のサイトでご覧ください。
「光り輝く大樹に感謝」 大江健三郎さんお別れの会―東京
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023091301016&g=soc