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2023.03.17

悦びの記#9(2023年3月16日)

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COVID-19のパンデミックによる国際的な人の往来の途絶はようやく最近になって解け始めました。これほど長くかかったのはわたしにとって予想外でしたが、解放後の最初の訪問先が台湾であったことはなお想像だにしないことでした。しかし、この渡航が学問をする人としてのわたしにとってかけがえのないたいせつな時間となったことをわたしはこの場で銘記しておきたいと思います。

振り返れば、この渡航の実現には3年以上の時間が費やされています。台北にある政治大学が新たに開設した羅家倫国際漢学講座の第1次講座「危機的瞬間の知識人(危機時刻的知識分子)」を主宰する王徳威さん(David Der-wei Wang、ハーヴァード大学)から推薦を受けたのが20202月のことでしたから。しかし、直後に始まったパンデミックによるやむをえない引き延ばしによって、講座のテーマは皮肉にもより現実的な緊迫感を増すことになりました。そうした中で、早期の渡航へとわたしを駆り立てたのは、このテーマにわたしなりの学問を正面からぶつけることで王徳威さんからの期待に応えたいという強い気持ちがあったからでした。それがどこまでうまく行ったのかはわかりませんが、台湾という特殊なトポスでこのテーマについて話せたことには意味もありましたし、毎回の講座で相当の緊張感があったことも事実です。わたしのことばの中にも多少プロヴォカティヴなものがあったかもしれません。篤実で温厚な歴史学者で羅家倫講座事務局長の楊瑞松さんがすべてを鷹揚に受けとめてくださったことにはひたすら感謝しかありません。

滞在したのは202331日から315日の間でした。15日間というのは客観的には短いですが、わたしにとってはめったに取ることのできないまとまった時間であり、この間に合計7回のイベントを組んでいただいたために、思い切り濃密な台湾経験をすることができました。中でも印象深いのは高雄の中山大学で過ごした二日間です。中山大学にはパンデミック中にオンラインで知り合った荘子研究者の頼錫三さんがおり、彼が組織する「共生哲学」に過去2年間参加してきましたので、ぜひ一度お目にかかっておつきあいを深めたいと心待ちにしていたのです。そして、台湾海峡の雄大な海原を望むその中山大学では、わたしが期待した以上に活き活きとした「共生」の姿を感じたのでした。

もちろん、「活き活きと」しているというのは、あるべき共生の理想が実現しているという意味ではまったくありません。昨年の学術フロンティア講義でわたしたちが問うたように、「共生」とはさほど生やさしいものではなく、ましてそれだけで美しいものではないのです。中山大学での議論が示したのは、その困難なアジェンダが、困難であるが故に現実に迫るものであることでした。また、わたしたちが真に希求せずにはおれない「共生」はそこから出発すべきだということでした。羅家倫講座の初回ではUTCPでかつて西山雄二さんが制作した小林康夫さんらのイスラエル訪問ドキュメンタリー(どこにもない場所のための祈り)から、ベンヴェニシティさんのことばを引用させてもらいました。それは「解決を求めること自体が間違ったアプローチ」であるという「共生」の苛酷な現実を告げるものでした。わたしはこの訪問には参加していませんが、こうしてUTCPの問いに導かれながら台湾を感じられたことに悦びを感じています。

パンデミックが長引けば、この時期の訪問はかなわなかったでしょうし、政治が一歩判断を誤っていればそもそもこの危うい「共生」の現実は泡のように消え去っていったかも知れません。「危機」を語源学的に解釈すれば、危うい状況における判断と決定のことを指します。わたしたちは瞬間ごとに迫られる判断によっていかにカタストロフィを避けることができるのかを問われています。中国の哲学者たちがそうであったように、そこにこそ哲学が担うべき知の役割があります。道のりは遠いでしょうか?それは歩いてみなければわかりません。しかし、共に歩いて行ける友は世界中にいます。智慧の友人たち(philosophers)との交わりにわたしは賭けていきたいと思います。

なお、滞在中に参加したイベントの一部はインターネット上で配信されていますのでリンクを紹介します(いずれも中国語です)。

 

政治大学羅家倫国際漢学講座での連続講演(33日、37日、310日): https://sinology.nccu.edu.tw/PageDoc/Detail?fid=5907&id=3335
中山大学での講演(38日):https://youtube.com/live/bxi1RmapYXM?feature=share
中山大学での座談会(39日):https://youtube.com/live/74dusF_ARaM?feature=share

 

石井剛(EAA副院長/総合文化研究科)