2019 Sセメスター 第6回学術フロンティア講義

2019年5月24日(金)、第6回学術フロンティア講義が行われた。今回は張旭東氏(ニューヨーク大学・北京大学教授)による講義が予定されていたが、諸事情で来られなかった張氏の代わりに、佐藤将之氏(台湾大学教授)が急遽講義を担当することになった。中国哲学とりわけ『荀子』を専門とする佐藤氏は日本出身で、台湾大学、ソウル大学で修士号、ライデン大学で博士号を取得し、現在台湾大学で教鞭をとっているという、異色な経歴の持ち主である。このたび、「東アジアの視野から自分自身の人文学の未来を構想するために」という主題で、三十年後の人文学をいかに構想するかについて語りながら、それと関連した形で自身のマルチリンガルなバックボーンの形成も紹介した。

未来の人文学を構想することについて佐藤氏は三つのポイントを述べた。

その一、未来がこうなるから自分がこうするという受動的な姿勢をとるのではなく、逆にいま自分が考えて携わっていることは未来においてどうなるかを考えるべきだ。つまり未来に規定されるよりも自分で未来を作ることが重要である。

その二、外国語をマスターすべきだ。というのも、一つの外国語をマスターすると、自分の能力、世界観が二倍になるからだ。これはある種のかけ算ともいえる。いまの日本の社会環境は基本的に日本語に特化されているため、日本語が中心になっている情報がほとんどである。この状況は視野、認識範囲を狭めることになる。しかし英語や中国語のような外国語を身につけると、自分の視野と知識は倍になる。

その三、「中国哲学」は百年前「東洋哲学」、「支那哲学」と呼ばれていた。いわゆる中国哲学は実は1880年代の日本で起きた。明治期になると、知識人は従来の経学ではなく哲学的な考え方によって物事を見るようになった。当時の東京大学の外国人教師フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa、1853-1908)に啓発された日本人学生たちが東洋哲学を構想し始めた。その最初の一人は井上哲次郎だった。彼らは日本人の道徳をいかに構築するかに腐心しており、国民道徳論や修養論(次の世代にあたる新渡戸稲造ら)を唱えていた。そもそも「修養」という概念それ自体は当時最先端の哲学、心理学など科学的なものを受容した上で形成されたものである。要するに哲学を導入し、国民道徳や修養論として読み替えたわけだ。そういった営みは一高の校風をも形作った。つまり、当時の人々は最初からそうしようとしたわけではなく、むしろその時その時の知識を吸収しながらそうしてきた。それは、今日の私たちが三十年後の世界を構想することと同じく、自分が何かをやることによって新たな構想が生み出されてくるのだ。こうした佐藤氏のお話に、いまの東大生による主体的な作為への期待も込められた。

続いて、佐藤氏は自身の経歴、とくに留学経験を紹介した。学部時代に韓国語を学びたいという思いから、大学2年生のときに初めて韓国に行き、高麗大学で韓国語の基礎を勉強したという。さらには当時の先生の反対を押し切って延世大学に一年間留学し、韓国語を大きく上達させた。こうして韓国語という外国語をマスターして佐藤氏が気づいたのは、自分のもっている世界観や知識が二倍になるということにほかならない。実際、韓国語を身につけたことでいろいろ恵まれたという。しかも一つの外国語をマスターしたことによって、ほかの外国語を学ぶコツも掴めるようになった。また、儒教ブームが起きており東アジアを理解するには儒教を理解しなければならないと言われていた時代だったため、その後は台湾に留学することにしたという。台湾大学では2年をかけて『孟子』について修士論文を書いた。その後また韓国に渡り、ソウル大学で2年間の修士課程を経てもう一つの修士号を取得した。ところがその時、いったん自分を東アジアから引き離し、欧米に行ってそこの視点を獲得しようと思い始めた。そこでライデン大学に留学した。最初は英語は全く歯が立たなかったが、英語で書かれた本を読み漁ったりメディアに触れる機会を増やすなどして、英語を必死に勉強した。ライデン大学では7年を過ごし、博士号を取得した。修了後は主に欧米と日本の大学に応募したが、台湾の大学は自身のバックグラウンドに非常に興味をもっていたこともあり、台湾での就職が実現した。そして日本ではなかなか就職できず「ワーキングプア」に転落しつつあった(中国思想を専門とする)若手研究者を何人か台湾の学術界に引き入れた。ちなみに、当時の日本における中国思想研究の状況は「職業としての中国思想研究――「ワーキング・プア」化する若手研究者」(以下大阪大学のレポジトリHPにて公開 https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/ 60796/cks_043_060.pdf#search=%27職業としての中国思想研究%27)と題する佐藤氏のレポートにまとめられた。

総じていうと、自分自身をプロモートすることが大事で、そのためにも外国語を世界観・知識が二倍になるまで勉強すべきだというのが佐藤氏の主張である。外国語によって自分を豊かにすれば、その先に必ず大きな突破口が見える瞬間があるという。

自分をプロモートすることはむろん教養の問題に関わる。佐藤氏によれば、古典とは人間がどう生きるかという固有の問題をめぐる思考の結晶であり、古典と対話することは未来につながる。そこで佐藤氏が提案した読書法は、人類史上重要だとされている古典、例えば『論語』、『墨子』、『荘子』などをとにかく短期間(二週間でざっと一冊全体に目を通すといったペース)で読むことである。これは実際アメリカの大学で行われていることでもある。例えば政治哲学者のフランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)はハーバード大学でいろいろ古典を読まされたからこそ、彼の著作では西洋の大家からの引用が随所に見られる。つまり議論の引き出しとして古典を知るべきである。中国哲学の古典を10冊ぐらい読むと、ビジネスをするにしても学問をするにしても力量の違いが現れる。

佐藤氏から見れば、昨今騒がれている米中の貿易摩擦のことはともかく、中国における人文学の研究は決定的に足りない。例えば広東省では哲学を教えている大学はせいぜい中山大学、深圳大学、華南師範大学である。しかし10年、20年後、人文の争奪戦は必至なので、日本人はむしろ自分のほうから中国のマーケットを作り上げるべきである。佐藤氏はさらに昨年に東京大学で行われたマイケル・ピュエット氏(Michael Puett)を囲む座談会に触れた。そこで盛んに議論されていたのは「礼」の問題であった。「礼」をしっかり構想することは30年後の東アジア人の友好に寄与できるという。

授業の最後に聴講した学生たちから様々な質問が寄せられたが、以下、古典の読み方と位置づけに関するものおよびそれに対する佐藤氏の回答を挙げる。

Q:自分が果たして古典をどのぐらい読めいているか自信がない。

A:一回読んで分かるようなものは古典ではない。古典はいますぐ役立つわけではなく、将来いつか人生の重大問題に直面したとき、再度読み返したくなるものである。これこそ古典の価値だ。古典を読むとき、最初は大筋を掴めればよい。

Q:技術だと新しいほうがよいとされているが、なぜ思想になると古いほうがよいのか?なぜそれを踏まえた現代の研究がもっと評価されないだろうか?

A:結局われわれは人間なのだ。人生をどう生きているかが第一問題である。例えばスマートフォンという新しい技術を使うにしても、結局のところ重要な意味というのは、コミュニケーションをとり人間関係を構築するため、つまりよりよく生きるため、といったところにある。古典というものは、いかに生きるかという普遍的な問いを考えるとき、常に立ち返る場所である。後世の優れた哲学はすべて古典との対話から生まれたもので、その意味では純粋に「新しい」ものは存在しない。

報告者:郭馳洋(EAAリサーチ・アシスタント)

 

学生からのコメントペーパー

「未来を自ら創造し、それに世の中が追いついてくる」という内容に強く興味を持ちました。やはり、「適切な時期」や「しかるべきタイミング」を待っているのではなく、自ら行動を起こし、困難を乗り越えていくことの重要性に気づきました。そのためにも、壁に向かっていく勇気が必要だと思いますが、その一方で、若者の失敗に寛容な社会であってほしいとも願います。(文Ⅰ・1年)

教養とは、それ自体力ではないけれど、何かを始め、そのプロジェクトを推し進める上での味方になるものなのだと感じました。(文Ⅰ・1年)

古典の重要性を近頃ひどく実感している。学問自体は古典への積み重ねである点、時の流れという試金石に耐え抜いている実績がある点などが理由だ。今日教授の見解を聞いて、精読というよりも、読み破り(乱読)した方が良いのかなと感じました。(文Ⅲ・2年)

人文学がどのように人の生に影響を与えるのかという洞察が新鮮だった。本を読んだり言語を学ぶことへの動機付けになったような気がする。人文学や言語を学んで頭の奥底に積もった知見が人生の選択を迫られた時に力を発揮するという話はたまに人文系の話題で聞くが、それをこれほどに高いレベルで広範に知識をつけている人の話は人生で初めて聞くので、その中で古典や言語を学んで自分や社会に起こったことを精細に描かれると大きな説得力を持ってそれらの重要性を感じることができた。(理Ⅰ・2年)

先生の半生を聞いて最も心にささったのはその行動力です。私はいつも物事を見通しをたてて進めたいと思っていて、自分のからにとじこもってしまいがちです。でも先生くらい少しむこうみずに動くくらいの方が、(もちろん努力は必要ですが)楽しいかもしれないと思いました。私は今中国語を第三外国語として学んでいます。まずは東アジアへととびだしていきたいです。(文Ⅰ・1年)