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2021.09.09

ウェブサイトのこと

People

石井剛

 このウェブサイトを更新しておよそ一年になります。EAAの発足時からそのアイデンティティ・イメージの構築を手がけてくださってきた株式会社SETENVに全面的な改修をお願いしたのが去年の今ごろでした。COVID-19のパンデミックというこれまで経験したことのない事態にわたしたちの生活は思いがけず放り込まれ、春学期の2ヶ月以上になる事実上のキャンパス・ロックダウンを経て、いったいわたしたちが何をすべきか、何ができるかを、これまでとは異なる方向で模索していました。オンラインの活用はその中で当然クローズアップされてきますし、そのころには各地の美術館や博物館がヴァーチュアル展示に取り組み始め、大学でもヴァーチュアル・キャンパスの構築のようなアイディアがしきりに提起され始めていました。同時に、デジタル・アーカイヴなどのようにサイバー空間を利用して構築されるデータがネットワーク化されて多方向の往来の中でさまざまな巡り会いの機会を増大するような取り組みも、この際一気に進められるべきだという議論もあったのだと思います。

 EAAは研究・教育・社会連携のプラットフォームとして、あくまでも「人」の交流が活動の中心であるべき組織ですが、テレワークによってその機会が著しく阻害されるようになりました。しかし、ただ坐して夜が明けるのを待つだけでは、黎明を迎える前に枯れてしまうかもしれませんし、そうでなくてもひとたび朝が来た後に活発に動くだけの基礎体力をしっかりと養っておく必要があります。そのためには、わたしたちの活動を多様なかたちでコンテンツ化し、個々のコンテンツが自律分散的に協調し合うさまをウェブ上に明示しておくことが大切であるとわたしは考えました。また、「一高中国人留学生と101号館の歴史展」の展示が誰も訪問できぬまま取り残されていることを何とかすべく、ヴァーチュアル展示を試みるとか、さらには101号館自体をヴァーチュアル化して、デジタル建築アーカイヴにしてはどうか、そのためにドローンを使って建物の内側と外側をくまなく撮影してはどうか、などと空想を広げたものでした。これはのちに、構想がぐっと洗練されて、現在の映像作品ワークショップに結実していくのですが。

 SETENV代表の入江拓也さんによれば、昨今のウェブページは、コンテンツの多様化に従って、まるでリゾームのようにページが増殖し、多方向のネットワークを形成していくスタイルであるとのことでした。これはわたしにとっては、あるべき組織論の姿そのものでした。わたしは組織(institution)もまた有機体的な存在として固有名をもつべきであると考えています。組織のために人が配置されるのでなく、そこに集う人が組織そのものを育てていくというような発想です。ですから、人が絶えれば組織の有機体としての生命も終わりを迎えます。官僚機構などがそうでは困るという声が圧倒的に多いと思いますが、国家ですらもそのような有限の生命を有していることは、中国研究をやっている人間にとっては当たり前の事実にすぎません。この発想の転換がなければイノベーションは生まれないでしょう。

 固有名をもつ存在である限り、それに一義的な定義を与えることは不可能ですし、その企図は無意味です。しかも固有名をもつわたしたち現存在は、実は自分が何であるかを知り得ません。それは生物学や脳科学によっても証されているとおりです。つまり、固有名をもった「わたし」は、わたしの身体について制御することはできませんし、わたしの知らない「わたし」も常に存在しているのです。これは、組織についても同様であるとわたしは思います。

 新しいウェブサイトを構築する際の議論では、EAAで行われている全体像の俯瞰が可能であるようなサイトを望む声が複数ありました。しかし、EAAが固有名をもつものである限り、その全体像を俯瞰することは不可能であるし、全体像を俯瞰できるような存在であると自己規定した途端に、EAAは組織としての生命を失うことでしょう。それでは、ここに集う人たちがそれぞれのクリエイティヴィティにおいて「新しい学問」を作っていくダイナミズムは望むべくもありません。

 したがって、このウェブサイトには、つねに新しい取り組みの萌芽があちこちに散りばめられています。特に「話す/離す/花す」というブログ中の連載コラムは、既存のコンテンツに含まれる任意の文字列から新しいエクリチュールが飛び出してくることをルール化しており(第3回「使用の手引き」)、EAAのスタッフが誰でも思いついたアイデアを膨らませていくことを奨励しています。

 いまでこそまだまだコンテンツは乏しいですが、サイト上のすべての情報は新しい萌芽になりうる可能性を秘めており、それらがそれぞれの成長を始めれば、ウェブサイトはそれこそ俯瞰的に全体像を捉えることの困難な複雑系の世界へと進化していくことでしょう。また、外部サイトとの連携も行われていますから、東京大学東アジア藝文書院という固有名をもったこの組織によって播かれた種子は、ウェブ化した複雑系の中で、自らのあずかり知らぬところに萌芽し、意外にも「花」していくことになるでしょう。「わたしがいないところにわたしが播いた種が思いがけず花開くこと」の夢想を常に孕みながら、このサイトはこれからも育っていくはずです。それはもちろん、人間(人と人の「間」の存在!)の関係にもそのままはね返ってくることになります。有機体としてのウェブサイトを構築するのは、結局のところ、人間の関係を豊かにするためにほかなりません。このウェブサイトに関わるすべての方々との信頼関係を温めながら、サイトをよりよいものに育てていくことができればと改めて思うこのごろです。